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2008年01月 アーカイブ

2008年01月03日

C・ブロンテ『ジェイン・エア』(光文社新訳文庫)

ジェイン・エア(上) (光文社古典新訳文庫)
C・ブロンテ 小尾 芙佐
光文社 (2006/11/09)
売り上げランキング: 21207
ジェイン・エア(下) (光文社古典新訳文庫)
C・ブロンテ 小尾 芙佐
光文社 (2006/11/09)
売り上げランキング: 20962

喪中により謹んで新年のご挨拶と代えさせていただきます。

さて、去年は新しい生活が始まって小説を読む時間が少なくなったので、これからはその分を取り返そうと思っている。折しもナボコフの『ヨーロッパ文学講義』を入手し、改めて小説(文学)をちまちまと細かいところまで浸って読むことのおもしろさを再発見し、それと共に古典文学に秘められている構築の美をわたしも掘り出してみたいという気持ちが強くなっているのです。

そこで年末年始と読みふけったのがC・ブロンテ『ジェイン・エア』。光文社新訳文庫から小尾芙佐さんの訳で出直したものです。小尾さんと言えばわたしにとっては最初の海外小説である『アルジャーノンに花束を』の訳者として頂点に君臨する方で、読みにくさなんてものは全くないというのは、読む前から読了後まで変わりませんでした。

こんな古典的名作のあらすじを述べるのはおこがましいのですが、ジェイン・エアという天涯孤独の少女がいじわるな伯母に引き取られるものの、寄宿舎に放り込まれ、やがてそこで磨いた知識で家庭教師として独立。お屋敷の専任となりその主人エドワード・ロチェスターと紆余曲折というかツンデレを経て恋仲に落ちるが、主人にはある秘密がありそれが二人を離ればなれにしてしまう。ジェインは無一文で屋敷を出て、とある村にたどり着きさらに運命的な出会いを果たすが、心はいつもロチェスター卿を忘れてはいなかった……。

いわゆるビルドゥングスロマンであり、女性の自立を描いた小説としては当時きわめて珍しかったそうですが、それは書かれて200年(!)を経た現在でもなお健在です。なんだかんだで幼少期や学生時代の出来事や身につけた技術がきちんと後半になって伏線としてきれいに使われるのは、上手。見ようによっては世界の狭さであり、作者の都合の良さにもつながるのですが、やはり丁寧に物語が編み込まれている様は古典たるゆえんを十分に感じられました。そこここで読者であるわたし自身の葛藤と重ねられるような大きな決断を幾度となく強いられるジェインに共感しつつも、文学史上ここまで偉大なツンデレがあったであろうかと思わしめる頑固さに辟易もします。そこが強い個性として矛盾なく描かれているのが本書を読み進める大きな原動力なのです。ツンデレの葛藤を一人称で細かく描く本書はぜひ男子にこそ読んでいただきたい。

またブロンテ一家は牧師の家に生まれたこともあり、やや私小説的な本書にも聖書の文句がたびたび引用されます。いくつかはwebで調べたりもしたのですが、やはり息をするように聖書の言葉が出てくる人ではないわたしには、字面的には理解できても、聖書で書かれる背景までしっかり読み込めているとは思えずちょっと悔しい。

後半に入るとやや冗長とも言える場面が出てきます。映画化されたときもだいぶ省略されていたようですが、しかしその冗長さゆえにラストの感動が生きてくるのだとも思います。ベタな話ですがそれゆえにめそめそ泣きながらページを繰っておりました。「ブロンテ三姉妹の一番上で、もっとも長生きした人」なんて文学的知識は放り投げて、単純に物語と向き合って素直に感動するのが吉。本作で古典のおもしろさにちょっと目覚めたような気がするので、次はナボコフ先生ご推奨のトルストイに挑戦してみます。

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フリオ・リャマサーレス『狼たちの月』(ヴィレッジブックス)

狼たちの月
狼たちの月
posted with amazlet on 08.01.03
フリオ・リャマサーレス 木村 榮一
ヴィレッジブックス (2007/12)
売り上げランキング: 122519

2005年秋にリャマサーレスの日本デビュー作『黄色い雨』が出た時には、全体を貫く美しい憂鬱感、どうしようもない寂しさにやられちまったものです。貧しい寒村の話なのに、なぜか幻想性さえ漂う、まさに「霊妙」と呼ぶべき傑作でした。そんな彼の新しい作品が出るという、わたしが生きている作家では珍しく待望と言わねばなりません。

まずページを繰るととびらにはスペインの地名が登場します。

一九三七年秋、アストゥリアス地方で共和派の前線が潰走し、海によって退路を断たれた敗残兵は人の住まないカンタブリア山脈の木々がうっそうと生い茂る険阻な山の中に逃げ込んだ。

アストゥリアス地方はスペイン北部。地図では次のあたりになります。


拡大地図を表示

この地図で「Vegamián」で検索すると、おそらくあとがきで触れられている作者の故郷「スペイン北部のレオン地方のベガミアンという町」の写真が表示されるはず。湖があって荒涼とした山並みが続いているところのようです。本書の舞台となるカンタブリア山脈はアストゥリアス州の州都オビエドとレオンの間に東西に延びる地域です。ここに語り手のアンヘル、仲間のラミーロ、フアン、ヒルドたちはタイトルのごとく狼のように隠れ住み、フランコの反乱軍が撤退するのを待っているのです。

とびらから1ページ前に戻ると目次があり、「一九三七年」「一九三九年」「一九四三年」「一九四六年」とタイトルがついています。Wikipediaの「スペイン内戦」や、「スペインの歴史」によると、1937年はアストゥリアスの西にあるバスク人の町ゲルニカに大規模な爆撃があり、1939年はフランコによる内戦終結宣言、ひとつ飛んで1946年はスペインがファシズム認定されて国連から排斥になった年です(ちなみに1943年はイタリアが降伏した年であるようです)。作品内部ではさほど政治的な内容は扱われませんが、スペイン内戦の区切りとなる年を見出しに使っていることはこの内戦を前提として書かれていることの証明であり、上記程度の内容は本書を読む前に知っておくにこしたことはないはずです。

さていよいよ本文に目を通すと、翻訳文学としては意外ともいえる読みやすさです。もちろん詩人でもある著者の言葉選びは比喩もふんだんに取り入れられていますが、おおむね情景の描写に沿ったものであり、詩的な言葉を取りいれて主人公たちの行動をむやみに美化したりするようなことはしていません。それでいて主人公たちを狼となぞらえて、人間たち(治安警備隊や村人たち)に追い込まれていくようすを描いていく。淡々と、というにはあまりに美しく、戦いの場面が凄惨かというとそうでもない、無声映画を見ているように静かに時が過ぎ傷ついていく彼らの姿を読者であるわたしも懸命に追っていく。この読書体験はリャマサーレスならではと言えるでしょう。

客観的に見ると主人公たちの行動は他人に大きな迷惑をかけ、彼らが生き延びれば生き延びるほど地元の人に迷惑がかかる。地元の偉大な闘士がいつのまにか厄介者扱いされるようになるのです。すでに戦うこと・生き延びることだけが目的となり、フランコが倒れるまでひたすらに略奪を繰り返す。戦い続けることの哀しみは山に降る月明かりに照らされて追い詰められていく姿は、『黄色い雨』でも感じた救いのない絶望に近いところにあります。死してようやく救いを得るような八方ふさがりぶりを全体にまとわせながら、それでも懸命に生きる主人公たちの姿を克明に書き表す著者の筆に今回もまた圧倒されました。

読書にカタルシスを得たい人には全く不向き。しかし、戦争もので爆弾どかーん銃弾どばだだだと単に乱暴でショッキングなだけではなく、人間が追い詰められても耐えて生きる姿の描写には、魂を揺さぶる真実の世界が体現されています。悲惨さが前面に出てしまうあまたの戦争ものとは決定的にちがう非常な才能を感じます。あまりに一気に読んでしまったので細かい感想は書くなら後日。まごうことなき傑作。全員読むべし。

2008年01月06日

岡野雅行『あしたの発想学』(リヨン社)

あしたの発想学 (かに心書)
岡野 雅行
リヨン社 (2006/08)
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404 blog not foundさんのところで見て気になっていた本。金型についてはさっぱり分からないわたしでもなんとかなりそうだと思って、珍しく安くなってない本を購入。1時間で読了。新年あけて明日から仕事だ、という今日、読むには最適の一冊でした。わたしの仕事と著者の金型工場という仕事では、ほとんど共通するところはないけれども、それでも働く上で学ぶことはたくさんあるし、何より仕事に打ち込んでいる自分を肯定できるところがすばらしい。仕事に打ち込んでいるというのは、10にしてくれという仕事をもらって10に仕上げることではなく、15やら20やら100にすることだ、という今のわたしの考えがそれほどまちがってないと思えた。

一方で素直に首肯できないのは、仕事に打ち込みすぎて睡眠時間は3時間、1から10まですべて自分でやりとげるところ。やっぱりわたしはプライベイトも大切にしたくて、仕事はきちんと定時で終わらせて晩メシは自分で作りたいし、睡眠は7時間は欲しい。でも、著者はそうしていてはいけないと説く。修業時代は、昼間は父親の仕事を手伝い、終業後の夜中に自分の技術を磨くために別の仕事をしていたという。これをするには仕事への情熱だけではだめで、若さや体力などの個人の特性も関わってくると思う。わたしが同じことをしたらおそらく1カ月で身体を壊して普段の仕事さえできなくなるだろう。著者自身も院生や大学生は採用しないと書いている。

この本から学んだ、というよりは自分の甘えた考えをどこまで著者に近づけられるか、だと思う。すぐに自分の仕事に反映できるのは、普段から仕事のことを考えていなければ難しいだろう。

そして「後がない」と考えることも大切。わたしの親はもうお金を稼いでいないし、わたしが一文無しになって住むところもない。わたしは怠けたら猫ともども路頭に迷うしかないし、現に派遣社員という名のアルバイト時代はずっと金銭的に厳しく毎月財布とにらめっこばかりしていた。逆に親が裕福で働かなくても平気だったら、たぶんわたしの性質からして死ぬまでろくに働かずギャンブル三昧だったろうとも思う。彼氏/彼女ができたり、子供ができたりすると責任感が出てくるのかもしれないし、著者のように単に仕事が楽しくて成果を上げることに喜びを見いだすこともあるだろう。

著者は明確にしていないけど、自分の感情を仕事にきちんと利用している人だと感じた。納得がいかなかったら仕事を引き受けない、できないことに「悔しさ」を感じてできるようになるまでやる、いい仕事ができたらきちんと褒める、などモチベーションは感情の操作から生まれる。自意識の高い人はそれを素直に出すことに抵抗を覚えるから仕事に迷うのだと、わたしも去年ようやく気づけた。うまくいかないいらだちを直接表現するのは御法度だけど、そのいらだちを原動力として仕事を推進できるようになりたいものだ、と思いました。

正直なところ特に目新しいことが書いてあるわけではないように思います。しかし、仕事におもしろさを感じられない時に読むには最適。そういうモチベーションを上げる本としては、本書と『仕事は楽しいかね?』の2冊があれば十分かも。こういう本はたくさんあっても、結局自分の身に引きつけて考えられなければただの惰性にしかならないだろうから。小説のあらすじ本を読んで小説を読んだわけではない、のとちょっと似ているような気がします。

仕事は楽しいかね?
仕事は楽しいかね?
posted with amazlet on 08.01.06
デイル ドーテン Dale Dauten 野津 智子
きこ書房 (2001/12)
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2008年01月14日

アンドニス・サマラキス『きず』(創元推理文庫)

きず (創元推理文庫)
きず (創元推理文庫)
posted with amazlet on 08.01.14
アンドニス サマラキス 小池 滋
東京創元社 (1987/10)
売り上げランキング: 620607

先日会社の近くでサンリオSFを3冊300円(そんなにレアではないものですが、わたしは所有してなかった)で拾ってしまったときに、いっしょに買ったもの。ギリシアのミステリという異国感と、キリコの表紙、拾い読みしたときに目にとまった不条理な逮捕劇にカフカぽさを感じたため、ただならないものを感じたのです。

足を踏まれた男が特高警察に反政府分子と疑われて逮捕されるところから始まりますが、本書の特徴的なところは逮捕して護送する男と逮捕された男がそれぞれ一人称で語り、かつ合間に三人称の観察的な視点が混じるところです。将棋にたとえると先手と後手の視点で勝ちを目指す視点を互いに見つつも、第三者的に傍観の視点も得られる着眼点がおもしろいと思いました。わたしの貧弱な経験ではミステリというとどうしても犯人を捜したり犯人の立場になってどう逃げるかというどちらか一点の視点しか保ち得ず、どんな結果を迎えても結局は作者の導きたかった結果が読んでいる途中からうすうす分かってしまうものが多いように感じていました。わたしはもっとその関係性を互いの視点から同じくらいの密度で追って欲しいという、バランスのとれた視点を作者に求めてしまう傾向があるため、どうしても一方からの視点に限定されがちなミステリは苦手でした。しかし、本書のバランス感覚、最後まで結末が分からないように仕込まれた語り口は非常にすばらしいと感じます。本来なら敵味方と単純に分かれがちな警察と被疑者の関係も、なんだか妙に仲良くなっちゃったりするところもおもしろい。

ギリシアというと、読書会のネタにもなったパノス・カルジネス『石の葬式』がまっさきに思い出されます。これといった共通点はありませんが、文化発祥の国らしい一筋縄ではいかないひねり、意外なおもしろさがあるという印象を受けました。他にもギリシアの現代小説があったらぜひ手に取ってみたい、と思わされる佳作です。

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