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2007年11月24日

辻征夫『詩の話をしよう』(ミッドナイト・プレス/星雲社)

詩の話をしよう
詩の話をしよう
posted with amazlet on 07.11.24
辻 征夫 山本 かずこ
ミッドナイトプレス (2003/12)
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ターニングポイントになる本というのは誰にでも生涯で何冊かは現れる。『恋空』でもいいし、『羅生門』でもいい。『赤と黒』で権力すてきと思ってもいいし、『地下室の手記』を読んでニートは正しいと間違った確信を持ったっていい。本は別に神様じゃないけど、たいていの存在は許してくれる。そこにあるということ、それをきちんと受け止めるのはつらいけど、でもやり続けないといけないんだよ、ということをわたしに教えてくれたのは辻征夫の詩だった。

出会いは今はもうなき池袋ぽえむ・ぱろうる。寺山修司にはまって前衛にあこがれるには遅すぎた1993年頃。『河口眺望』を手に取った。青い色調の四六判よりも大きい表紙は、ターナーのかすみがかった風景にも似たありえない世界への扉のように思えた。そしてひらがなの多い口語体は、難しい方にばかりいきたがって現実を見ていないわたしのバランスをぱたんと倒してしまった。

ランドセルしょった
六歳のぼく
学校へ行くとき
いつもまつおかさんちの前で
泣きたくなった

現実から逃避し続ければ逃げ切れると思っていたわたしは、この詩を読んですら逃避を続け、麻雀や深夜の映画に浸って生産的なことは何一つできなかった。けれども、船をつないでおくもやいのように、ふらふらしたこころをしっかりしたところにつなぎとめてくれたのは辻征夫の詩だった。何か明確なメッセージというのではない、あるがままの自分や、わきあがってくる言葉の泡をかきわけてただ一つだけの言葉をつかまえること、そのためには誰に否定されても自分の正しさを貫くことが大切だということを、なんとなく彼の詩からつかまえたと思う。別に辻征夫自身はそんなこと言ってないと思うんだけどね。態度の問題かもしれない。

たくさんの留年を重ねてまったく将来が見えない状況でも卒論は書かねばならない。現代詩なんて寺山修司と辻征夫くらいしか読んだことなかったのに無謀にも現代詩のクラスに入った。ところが担当の教授は研修か何かで1年間不在になり、散文の教授が現代詩も受け持つことになった。当然存命の辻征夫を卒論の題材にしたいというわたしの要望は却下。「留年してろくに単位をとれていない君が、ほとんど資料のない存命の詩人をてがけてもろくな結果は見えない」という趣旨のことを言われた。結局中島敦を選んでこれはこれでおもしろかったのだが、卒論を書き終えてあとは単位だけとなった頃、辻征夫がなくなったことを知った。そのとき、わたしは取り返せないものをなくした。わたしのターニングポイントになった詩を書いてくれてありがとう、あなたのおかげでわたしはなんとかこの先も生きて行けそうです、と伝えるきっかけをなくした。

前置きが長くなった。本書は詩人でもある山本かずこ氏が雑誌の連載を辻征夫に依頼したところ、詩についての対話ならOKという回答をもらって話し合った内容。当時はすでに辻征夫は不治の病にかかっていた。自分一人で書くことよりも、年の少し離れた異性と詩について語り合うことがおもしろいものを引き出せると考えたのではないか。

「あとがきにかえて」で聞き手の山本かずこ氏が語る辻征夫のやわらかさ、人をおもいやる気持ちがあふれた人だったのだと知ってますますファンになった。正直なところわたしは人の生き死ににも、作家自身にもそれほど興味を持てない器の小さい人間ですが、辻征夫にだけはなんとしても生前お会いしてお話したかった。ありがとうございましたと言いたかった。自意識だけは人一倍あるくせに何もものにできない自分を否定しなくて済んだのは本当に彼のおかげ。ありがとうございました。

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