ボルベール
吹き付ける東風の中、女たちが墓掃除をしている。枯れた松葉などが降り掛かる中、とりあえず掃除を終えた女たちは、やはり墓掃除に来た坊主頭の女とすれちがい、風車を背にして帰っていく。水はどこでも生命の象徴として描かれますが、風は地域によって受け取られ方がちがう。海の上なら推進させるための力だし、風力によって災厄にもなれば癒し手にもなりうる。このスペインの映画では地元でなじみの突風が女たちの髪をなびかせるように、運命の風が女性たちを翻弄するのです。
ペネロペ・クルス扮するライムンダと娘のロナウジーニャ(ロナウジーニョそっくりなので勝手に命名、画像の一番左)、ライムンダの姉ソーレはみな実家から離れて暮らしていたが、一番の身寄りの叔母を亡くす。時を合わせて旦那が失業し、さらに大きな事件が起こる。それは一家の女たちが背負った運命ともいえるのかもしれない。
とにかくペネロペ・クルスを見るための映画でありました。くわっと開いた胸元から見える驚異的な胸囲。さらに「つけ尻」で峰不二子の1.2倍くらいのボリュームのナイスバディからなんでロナウジーニャが産まれるのかさっぱり理解できないが、魅力を通り越した魔力の前にはささやかな疑問など東風にびゅびゅーっと流されてしまいます。掃き溜めに鶴なんて失礼な言葉が浮かんでしまいそうなほど。
かつて「オール・アバウト・マイマザー」で大泣きしたわたしですが、今回は話も地味なら色彩も地味で、派手なのはスタッフロールとホームページだけという印象です。スペインから彷彿する元気な原色がさっぱりなくて、徐々にやつれをもたらす日々の重みばかりがクローズアップされてしまい、正直この映画から元気をもらうことはできなかった。
とはいえ、派手なアクションやSFは映画感で見ないと迫力が出ないように、ペネロペ・クルスも映画館で見るべき素材であります。結構後ろの席で見たのですが、全体なんか見えなくていいから前の席でかぶりつきたいところ。











