« 2007年07月 | メイン | 2007年09月 »

2007年08月 アーカイブ

2007年08月01日

ボルベール

wp_1024_768_01.jpg

吹き付ける東風の中、女たちが墓掃除をしている。枯れた松葉などが降り掛かる中、とりあえず掃除を終えた女たちは、やはり墓掃除に来た坊主頭の女とすれちがい、風車を背にして帰っていく。水はどこでも生命の象徴として描かれますが、風は地域によって受け取られ方がちがう。海の上なら推進させるための力だし、風力によって災厄にもなれば癒し手にもなりうる。このスペインの映画では地元でなじみの突風が女たちの髪をなびかせるように、運命の風が女性たちを翻弄するのです。

ペネロペ・クルス扮するライムンダと娘のロナウジーニャ(ロナウジーニョそっくりなので勝手に命名、画像の一番左)、ライムンダの姉ソーレはみな実家から離れて暮らしていたが、一番の身寄りの叔母を亡くす。時を合わせて旦那が失業し、さらに大きな事件が起こる。それは一家の女たちが背負った運命ともいえるのかもしれない。

volver3.jpg

とにかくペネロペ・クルスを見るための映画でありました。くわっと開いた胸元から見える驚異的な胸囲。さらに「つけ尻」で峰不二子の1.2倍くらいのボリュームのナイスバディからなんでロナウジーニャが産まれるのかさっぱり理解できないが、魅力を通り越した魔力の前にはささやかな疑問など東風にびゅびゅーっと流されてしまいます。掃き溜めに鶴なんて失礼な言葉が浮かんでしまいそうなほど。

かつて「オール・アバウト・マイマザー」で大泣きしたわたしですが、今回は話も地味なら色彩も地味で、派手なのはスタッフロールとホームページだけという印象です。スペインから彷彿する元気な原色がさっぱりなくて、徐々にやつれをもたらす日々の重みばかりがクローズアップされてしまい、正直この映画から元気をもらうことはできなかった。

とはいえ、派手なアクションやSFは映画感で見ないと迫力が出ないように、ペネロペ・クルスも映画館で見るべき素材であります。結構後ろの席で見たのですが、全体なんか見えなくていいから前の席でかぶりつきたいところ。

2007年08月02日

俵万智『短歌をよむ』(岩波新書)

短歌をよむ (岩波新書)
俵 万智
岩波書店 (1993/10)
売り上げランキング: 137268

最近短歌や俳句に関する本を読もうと思っている。主な理由は言葉のセンスを研くため。17文字乃至は31文字という限定された言葉を使ってどれだけ鮮やかな表現ができるのか、言葉に意味を含める最前線の人たちの話を聞こうと思い、本書や『万葉秀歌』などをひもといている。自分では母音のすずやかな感じ(あ、お、う)/べたりとした感じ(え、い)には敏感なつもりでいたけれども、子音の効果については今ひとつ鈍感だったりして、Kの固い音、Sの軽やかさなどもっと日本語の音と意味を敏感に嗅ぎ取れるようになりたいと思っているのです。

本書はあの『サラダ記念日』の著者による短歌鑑賞についてのあれこれ。1章ではタイトル通り「短歌をよむ」と題していわゆる教科書に載るような名歌から現代の秀逸な短歌を味わう。枕詞や序詞なんてのは試験に出すためのうっとうしいルールだと国文学科を4年以上かけて卒業したわたしですら思い込んでいたようなことをいともあっさり乗り越えてしまう著者の軽やかな解釈がすてき。たとえば枕詞があるからこそ、それを受ける言葉が「来る」という心構えができるというのだ。「たらちねの」→「母」にかかる枕詞について次のように解説している。

主役はあくまで意味を持っている「母」という語——これは、言葉の意味を重視する時代の発想だろう。枕詞の生まれた背景を考えるなら「この枕詞は××という語を引き出します」という言いかたが、よいのではないかと思う。

つまり、「母」が最初にあり、そこに至るまでの序曲として「たらちねの」があるわけだ。これは「くるぞくるぞ」と身構えて予想通りの笑いを引き起こす昔のドリフや漫才などの常套パターンに似ている。ある条件で笑うと意識的にでも無意識にでも分かっているところに予想通りの笑いを引き起こすアクションが来ることの喜びはまちがいなく存在する。それは保守的で進歩がないとはいえ、心にうったえかけるものに実は保守も革新もなくて、心の動きが引き起こされるのならそれがどんなものであれ「感動」なのだ。本書はそういいたいのだと捉えました。

わたしが特に勉強になったのは第二章の「短歌を詠む」。わたし自身は短歌を詠む習慣はないしこれからもあまり身につけようとは思わないけれど、限定された字数で自分の感情を表したり世界を詠み込んだりするには過敏ともいえるほどの言葉選びが必要になる。その際に用いるテクニックについて語られており、それは短歌や俳句にとどまらず言葉をものす者おしなべて読んでおくべきお手本であります。心を揺らした結果短歌を詠み、それを選評会などで披露し批評を受ける。自分ひとりでぬくぬくとあたためている言葉は雑菌が入って腐敗してしまうかもしれませんが、他人の選を受けるという外気に触れることでいつまでも新鮮さを保つことができるのです。だからどんなに楽でもmixiばかりに閉じこもってないで、誰でも見られるwebで自分なりの言葉を発信すべきであるとも捉えました。

俵万智をぼんやりしたようなぬるい歌人と勝手にはきちがえていたわたしは実に恥ずかしい。彼女のぬるさは万人が入れる疲れを癒すための温度なのです。塚本邦彦のような鋭い短歌は誰しもが常に楽しめるものではなく、日常の言葉から思いもかけない効果を引き出すための手段なのだと気づいたとき、自分の狭さにも気づけたような気がします。blogでも小説でも言葉を書く人ならば一度は手に取るべきで、言葉の制限にとらわれている人にはぱかりと枷を外してもらえる一冊になるのではないでしょうか。

2007年08月05日

『「超」整理法』『知的生産の技術』

「超」整理法―情報検索と発想の新システム (中公新書)
野口 悠紀雄
中央公論社 (1993/11)
売り上げランキング: 8173
知的生産の技術
知的生産の技術
posted with amazlet on 07.08.05
梅棹 忠夫
岩波書店 (1969/07)
売り上げランキング: 10852

今週はあの『「超」整理法』と『知的生産の技術』を読んでみた。 いずれも生活をちょっと便利にしようという試みです。

『超整理法』は立ち読みしたときにはさっぱりありがたみが感じられなかったけど、きちんと読んでみると「時間順に」「一カ所に」「封筒(わたしはフォルダ)に入れて」並べるだけというシンプルさが実用的。会社では週に5つくらいの仕事を平行して進めているので、マニュアルなどが膨大になってしまう。それを時間順に並べることで場所が分かりやすくなり、今すぐには使わないけれど1年後などに使いそうなものは同じ場所にあってもまちがって手に取らないようになっている。わたしは本棚など持てる立場ではないので、引き出しの一番下を棚に見立てており、座ったままで仕事に支障を来すこともない。今までもおおむね同様にしまっていたけれど、ものによってはクリアファイルを使ったりもしていた。それを統一したというのは自分としてはかなりの進歩。

『知的生産の技術』からは日頃のアイデアを形にするためにメモを持ち歩くことが大切、と教わった。思いつきを形にするには今なら携帯やPDAが進化したためメモを持ち歩く必要はないかもしれないが、フリーハンドの有効性という観点があることを心にとめておきたい。文字でメモをとるよりも、イラストの形の方があとあと自分の脳を刺激しやすい。文字だと再度形にするため脳みその再発火が必要になるところを、イラストの形だとそれに肉付けするだけでよりしっかりした形にできる、はずなんだな。そう考えると、現在会社のアイデアやメモはBeckyのリマインダにほとんどを保管しているけど、当然どれも文字で書かれており、脳みその再発火が必要な形なわけだ。むしろ梅棹先生のように紙のカードに落書きしたものを保存できる体制を作っておくべきかもしれない。

あと、日本語タイプライターの試行錯誤ぶりはおもしろかった。パソコンができて梅棹先生はどれほどお喜びであろうかと思ったら、1986年に失明されているそうです。それでもきっと点字などで進歩の革新をお喜びになっているでありましょう。

こういう本を読むことで、自分の脳みそを焚き付けることも大切だな、と思ったことです。

ペドロ・アルモドバル『パティ・ディプーサ』(水声社)

パティ・ディプーサ
パティ・ディプーサ
posted with amazlet on 07.08.05
Pedro Almodovar ペドロ アルモドバル 杉山 晃
水声社 (1992/12)
売り上げランキング: 31940

本棚に並ぶラテンアメリカ文学の中でもどぎつい黄色の表紙が目立っている。発音しづらい名前。いつもアドモルバルと読んでしまう。スペイン語がわからないせいかもしれない。どこかで聞いたことがある名前だが……、あ、「ボルベール」の監督じゃないか、と気づいたのはこの週末なのでした。「オール・アバウト・マイ・マザー』であれだけ泣いたというのに、このぼんくらめ。

本書では奔放でグラマラスなポルノアイドルのパティ・ディプーサが雑誌に連載した身辺記という形く。文中の「わたし」「娼婦」「まっぴらごめん」「いちばんくどきやすい女」などの単語がゴシックになっており、パティの欲望を際立たせている。アルモドバルの特徴は豊かな色彩と女性のおおらかな強さ。なんて2作しか見ていないけれど、おおむねまちがいないだろう。

自分たちがどれほど魅力的なのかを見せたくてうずうずしてる連中がいるけど、そばで見るだけでうんざりね。

パティは自らの欲望を全開に突き進んでいく。無口なタクシードライバーから思いがけないものをプレゼントされて一瞬で恋に落ちたり、鼻持ちならない坊ちゃんを平手打ちしたりする。躁病並に猪突猛進勇猛果敢。でも一方ではふとしたことでメランコリックになったり、ポリシーに反したことは決してしない。個性という言葉で片付けられない。粋という言葉には選択することへの大きな背景を感じることができる。粋でちょっとおバカなすてきな雑誌連載。確かに雑誌もバカ売れするだろう。

ところで、男性でありながら女性を中心に据えた世界を描くという点でまっさきに思い出すのは、アルモドバルと対照的に映画監督になれなかったマヌエル・プイグだ。両者ともゲイであることはゴシップ的な要素抜きにしても、作品に大きく影響しているだろう。推定でしかないが、二人とも単純に男が好きというよりも、女になりたいという願望が強くなった結果として男が好きなのではないか。女性の美しさに憧れるあまり自らを投影してしまう。特にアルモドバルの映画「ボルベール」「オール・アバウト・マイ・マザー」では魅力的な男をほとんど見たことがない(以前は若いアントニオ・バンデラスも出演していたようだが)。単にそれだけなら生まれてきた自分という枠に反抗したがるわがままさにしか映りませんが、客観視して飽きさせないストーリーに仕立てあげる技術は両者とも見事。

大きい書店ならきっとまだ在庫がある水声社の本。1200円とお買い求めやすい値段なので、映画「ボルベール」とともにお楽しみいただけるんではないでしょうか。

2007年08月06日

「トプカプ宮殿の至宝展」

3p1.jpg

むかしは確かにトプカピだったはずのトルコの宮殿はいつの間にかトプカプになっていて、綴りを見たら日本人的にはトプカピだけど、トルコ語ではトプカプなのでしょうな、と勝手に己をなだめながら猛暑の上野へ。

トルコというと、トマス・M・ディッシュが『アジアの岸辺』で言及していたように、ヨーロッパとアジアの中間地点であり、それぞれの影響によって独自の文化が築かれているようです。今回の展覧会でとりあげられているトプカピ宮殿はトルコ最盛期のオスマン・トルコ時代に歴代のスルタンたちが軍事力を背景に美術の力で権威を示そうとしたともいわれるほど、華麗で精緻な装飾が見所。蠅を払うほうきひとつにも七宝で綿密な細工を施し、宝石を入れてアクセントにしています。広告にもなっているスルタンのターバン止めには世界最大の四角くカットされたエメラルドがはめこまれており、金銀すなごは当たり前、トルコ石やらダイアモンドやらルビーやら輝くお宝の山でありました。

きらきらした宝石なんかに興味がない男子でも、武器コーナーでは目を輝かせることまちがいなし。「聖職者は刃を持てない」のキャッチフレーズでおなじみのメイスは黄金色に輝いているし、孫の手よりも短いアックスは黄金色に細かい模様が施され、馬のメンコも黄金色。もちろんそれらは儀礼用ですが、とにかく権力を誇示するには黄金しかないという信念があったのでしょう、何もかも金ぴかです。

しかしわたしは残念ながら日本人。金閣寺を壮麗とは思っても決して美の中心にはおけないように、トルコ人のきらめき☆センスはついていけません。外に出てさびれた寺の門を見て安心してしまいます。当時のトルコは無限の富を費やしてまで表現しなくてはならなかった、という必要性に原因があったようです。裏切りによって子孫が争いを起こさないように皇子たちを監禁し、絶対的な年功序列によって歴代のスルタンを維持しつづけたオスマン帝国にとって、金銀財宝をごっそり身につけ中国の青磁でメシを食うことは無駄遣いとは言い切れない権力の確立に必要だったのだなと、派手さの中に潜む人間の悲しさに思いを馳せてしまうのでした。

2007年08月09日

キックしておくれわたしの心

Dr. Feelgood
Dr. Feelgood
posted with amazlet on 07.08.09
Mötley Crüe
Motley (2003/04/08)
売り上げランキング: 103038

中学、高校時代、最寄りのコンビニまで5kmもあるような田舎に住んでいたわたしにとって、ハードロックこそはサンクチュアリだった。小遣いなんて雀の涙を通り越してハチドリクラスだったので、買う時はじっくり吟味しまくった。しかし最初に買ったAC/DC「ギター殺人事件」という最悪なタイトルは音楽的にもわたしが望むLAメタル系の音とはかけ離れていてがっくりきたし、次は修学旅行の小遣いを残してその帰りに買ったRainbow「Kill the King」は古くさくてがっくりだった。わたしにはBon Joviの明快で陰のあるロック、Gunsの溜め込んだ鬱屈を一気に晴らすような勢いのあるロックが必要だった。

そこで出会ったのがMotley Clueの「Dr.Feelgood」である。これはタイトル通りわたしのハートをキックスタートしてブリジストン3段ギアの自転車を2倍にも3倍にも速くしてくれた。これですごくファンになってレンタルCD屋で前のアルバムを借りてカセットにコピーしたけれども正直いまいち。このアルバムの重みは、金属製でありながらどの音楽よりも軽やかに疾走していた。Dr.Feelgoodで盛大に始まり、次の2曲では卑猥な安宿めいたけだるさを演出し、Kickstart My Heartでぶっとばす。この構成には今でもノックアウトされてしまう。

今日は10年ぶりくらいでこのアルバムを聴いた。自分で所有したのは初めて。30超えてこれほど手に入れてうれしいアルバムも久しぶりなのです。思えばわたしがメタルを聴いていた頃はJudas Priestの「Painkiller」がありIron Maidenの「No Prayer for the dying」があり、えらい時期だった。

あ、今、Slice of your pieでタメモードに入ったけど、これってBeatlesの「Abbey Road」のA面最後"I Want You (She's So Heavy)"じゃないですか。うわー。どっちも無人島に持っていくアルバムだというのに、今頃になって気づくなんて。ミネソタのジョシュアさんはとっくにお見通しだったようです。でも、わたしとしてはこれはパクリではなく、リスペクトと捉えたい。だって、このエンディングは聴く人が聴けば一発で同じだと分かるはず。愛好家故の確信犯にちがいありません。

今まがりなりにもアンプを通してスピーカーで聴くとエコーのかかり具合やベースのしっかり感ががつんがつんと。当時はウォークマンかうらぶれたシングルカセット+縦開きCDプレイヤーだったので音はしょぼしょぼだった。深夜には木造の家で隣に響かないように小さな音で再生し、寝ながらヘッドバンギングしたものです(それも坊主頭で)。

あれから15年。灼熱の東京でネクタイが首を巻付けていますが、わたしの耳にはまだあのこもったKickstart my heartが聴こえます。まだまだこれで走れます。今、あの頃憧れていた一人暮らしに好きなだけ(というほどでもないけど)大きい音で音楽を聴ける環境にあるのだから、怠けていてはあの頃のわたしに申し開きができない。走らなければ。

2007年08月10日

大橋禅太郎『すごい会議』(大和書房)

すごい会議-短期間で会社が劇的に変わる!
大橋 禅太郎
大和書房 (2005/05/18)
売り上げランキング: 874

冒頭2章は著者の学んでいない頃の自慢話なので読む意義はあまりない。3章以降は具体的に会議の進め方とその効能について語られるようになる。

読書会でもそうだが、意見を言える人と言えない人の差が表れてくる。今までぼんくらなわたしはそのことにあまり気を使ってこなかったが、それじゃおもしろさが出てこない。そこで本書で語られるのが「紙に書いてから発言する」というもの。相手の意見が入り込む余地がないため、流されたり発言しないという選択肢がなくなる。会議ではありませんが、わたしも仕事中に相手に何かを頼むときに要望を書いてから持っていったら自分の言いたいことがきちんと伝えられました。頭の中だけだとつい相手の要望をも取り入れた意見に作り替えてしまうのですが、これならその心配はなし。

また質問の形式を「○○はダメだ」から「どうやったら○○はよくなるか」に変えてみるというのもある。これも根がネガティブなわたしには良いアイディアに聞こえるが、まだ実行には移していない。発想を形式的にあてはめることは思考の定型化につながりそうで危惧するところもあるのだが、何、わたしのような凡才がおそれることがあろうか。

本書は会議をとりおこなう人間にしてみれば大変有意義だろう。しゃべることがまとまらなかったり会議の進行が不得手という人はわたし以外にもたくさんいるはず。もちろんある程度は経験で埋められるものもあるだろうが、それだって会議を良くしよう、会議から組織を発展させようという志がなければ進むものでもない。小説や歌ならば自由であることに価値があると思えますが、組織をまとめるためにはその自由度は不要かもしれません。それに考えを定型化するのではなく、考える過程を定型化するわけで、自分の脳みそはむしろ前よりもたくさん活動させなければならない。たとえ会議を仕切る側でなくても、本書に書いてあることで実践できることは多そうです。わたしも読み込みが足りないし、薄いので毎週月曜に再読してから仕事に行く、というのもいいかも。

2007年08月16日

松村栄子『至高聖所 アバトーン』(福武書店)

至高聖所(アバトーン)
至高聖所(アバトーン)
posted with amazlet on 07.08.16
松村 栄子
福武書店 (1992/02)
売り上げランキング: 582163


1991年の第106回芥川賞受賞作品。選評はこちらで読める。

地方のマンモス大学の理系学部に入学した主人公は、数少ない女性の友人たちと学園生活を楽しもうと思っていたが、寮には別学部の一風変わった女性真穂が同室となっていた。鉱物が好きで安定を望む主人公と、文系でアジったり演劇に心魂傾ける破天荒な女性との間で微妙な空気が生まれる。

まんがにしたら今は亡き「ヤングユー」系列に属するだろう、少女以上、女性未満な大学生の日常を、ちょっと変わったキャラクターで描き出す。わたしには宝石も含めて鉱物が好きという感情がいまひとつ理解できない。触っても冷たいし何の反応もない。無反応だからこそ自分の近くにいても安心できる、ということなのだろうか。主人公の安定ぶりはそれこそ鉱物のようにしっかりしているものの、衝撃を与えると簡単に割れてしまいそうなもろさも持ち合わせている。長野まゆみや大島弓子に通じる潔癖さが印象的です。

ただ30代のおっさんが読むには少女漫画が好きだったとはいえ、ちょっとつらいところ。今は小説のウェイトが減っているせいもあるが、やはり自分と重ね合わせるところがほとんどないのは読んでいてつらい。学生という未来を夢みる存在がうっとうしくもうらやましい。出口のないような閉塞感にまた身を置きたくないうっとうしさ反面、いまならば出口の方向くらい分かりそうなのでやり直したい、といううらやましさもある。とはいえ過ぎ去ってしまったことを悔やんでも仕方ないので、本書の潔癖さはわたしにはやや眩しいのでした。

2007年08月17日

【効率】時の声(not J.G.バラード)

どうも今までののったりろったりした生活様式ではやりたいことが達成できない気がしてきた。やりたいことといっても家でのんびりしたりとか、猫をなでたりとか、だらだら酒を呑んだり、好きな本を読むくらいなんだけど。

いやいや、上の全部をもうすっかり堪能しているではないかという指摘は一部正しく、一部まちがっている。確かに今、そういう状況にあるけれども、それをいつまで続けていられるか不安を抱えた状況であるわけで、つまりはだらだらするにはそれなりのお金が必要よね、という話です。ワーキングプア上がりなので貯金なんてみじんもないのだ。

そのためにはもうちっと仕事をがんばらねばならない。がんばるというのは生産性を上げて売上を追求するってことです。別に入社1年たってないひらのぺーぺー社員ですが、自分の仕事に集中して生産性を高め、互いのノウハウを分かち合えれば会社全体の利益が上がることでしょう。大きい会社だと「一人だけがんばってもどーせ変わんねーよ」という虚無感に支配されることがあるかもしれませんが、中小企業だと成果を上げればそれなりに実感が沸くのではなかろうか。

そこでだ、仕事をがんばるとどうしても時間がなくなってしまう。時間がなくなると猫をなでられなくなってしまう。それゆえどこかで時間をひねり出す必要がある。今までの自分の無駄なところを洗い出して、改善できるところをテキスト化してみようではないかという試みです。それも、机上の空論ではいけない。あくまで自分がやったことで効率化に結びつくようなことを(できれば毎日)書いていきたい。

というわけで、今日の効率性への第一歩は、「ニュースサイトを見ない」です。某○いニュースや○○わぼ○なんて、一度開いたら更新された分は全部見ないと気が済まないくらいおもしろい。SafariのRSSに設定するとどれだけ更新されたか分かるので、毎日楽しく読んでいたのでした。

しかし、これはとても時間がかかる。似たようなまとめサイトはいくつもあって、RSSで登録しておくと同じ内容でもつい最後まで読んでしまう。確かにおもしろいけれども、ニュース一つにそれだけの時間をかけることはない、というのが今日のわたしが下した判断です。

そこで、RSSのお気に入りを削除することにしました。単に見ないということにしても更新された数値が見えるとついついページを開いてしまうので、ざっくりとニュース系のサイトが入っているブックマークフォルダごと削除しました。その中で毎日見ていたのはおよそ20サイト。一つのサイトに1分かけたとしても、20分時間を節約できることになります。ニュースがなくても死なないが、猫はなでないと嫌われてしまうので、この20分間猫をなでることにしますごろごろ。

2007年08月18日

小林恭二『俳句という愉しみ——句会の醍醐味ーー

&uot

俳句という愉しみ―句会の醍醐味 (岩波新書)
小林 恭二
岩波書店 (1995/02)
売り上げランキング: 260194

俳句や短歌には枯淡の境地がつきまとう。わたしは長いこと俳句や短歌は長い文章が書けなくなった年寄りが暇にあかせて日記のように詠むものだと、半ば蔑むような感情を抱いていた。その理由のひとつには、わたしたちが4ビートで育ったことにあると考えている。五七五の俳句、五七五七七の短歌のリズムは、西洋のロック、特にハードロックやメタルで思春期を送ったわたしにはあまりにも腰が重く感じられ、DNAレベルで記述されたリズムだからこそ、それを抜け出したい気持ちが強かった。伝統的なものへの反抗心は田舎に生まれた日本人なら一度は理由もなく感じたことがあるはず。

そんな抵抗感を見事に打ち払ってくれる本書のおもしろさよ。そもそも現代になって俳句がどのような人によってどのような言葉を紡いでこられたのか知らないままで食わず嫌いしていた自分が恥ずかしくなります。それと共に国文行ってもろくに勉強しなかったわたしでさえおもしろさを感じられるように現代俳句がたどってきた歴史を織り交ぜながら、副題通り「句会という愉しみ」を実況解説付きで楽しめます。このおもしろさはTRPGのリプレイを読むおもしろさに近い。

正直なところ本書を読むまで誰一人として現代の俳人について名前を知らなかったのだが、読後はブックオフの安い詩集コーナーに落ちていないかと鵜の目鷹の目。それぞれの俳人を紹介する時に自薦の句を紹介できるのは、小説を書く作家ではできないこと。これが作者のプロフィール以上に俳人たちへの親近感を抱かせるようになっている。

海わたる春雷塔を記憶せよ(大木あまり)
一陣の落花が壁に当る音(岸本尚毅)
当日集合全国戦没者之生霊(三橋敏雄)
死を想へ極彩色の浜草履(小澤實)
南国に死して御恩のみなみかぜ(摂津幸彦)
しりぞきてゆく幻の軍団は、 ラムラム、ララム だむだむ、ララム(岡井隆)
月下の猫ひらりと明日は寒からむ(藤田湘子)
露を置く野のキリストの足の釘(有馬朗人

以上、句会の参加者の自薦句からさらにわたしの印象に残った句を選んでみた。どれもこれも国語の教科書にはない瑞々しさと切迫感がある。中でも「ラムラム、ララム」とか「キリストの足の釘」なんて表現は己の閉じこもっている言葉の狭さを思い知らされると共に、長編小説の一場面を凝縮したような壮絶さすら漂う。

実際の句会となると肩書きは関係なくびしばしと的確な批評を加えていくのが句会。当初は言葉選びの基準が厳しすぎるのではと思っていても、いつの間にか俳句の無駄を省く基準が身に付いてくる。単にきれいに詠むだけではなく、時と場所にふさわしい言葉選びが要求されるのが実に難しそうであり、これ以上ない明確な基準となっている。不思議と句会の選評を見ていると、正選が入った句はぴたりとおさまるところにおさまっているフィット感があるのです。また1時間ちょっとで10もの句を詠んでしまう参加者の脳みその引き出しも圧巻。最初から最後まで驚きっぱなしで一気に読み通してしまいました。

俳句については現代俳句協会による現代俳句データベースがあり、現代の俳人の作品を鑑賞することができて便利。短いからこそじっと言葉と向かい合って、最適な言葉を配置するという鍛錬は、俳句や短歌をものさずとも文章を書く者ならば必要なことではないでしょうか。その入り口にして最高峰を覗くことができるのが本書であります。前作も読まなければ。

2007年08月19日

ジェイムズ・ティプトリーJr.『輝くもの天より墜ち』(ハヤカワ文庫SF)

輝くもの天より墜ち (ハヤカワ文庫 SF テ 3-6)
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 浅倉 久志
早川書房 (2007/07)
売り上げランキング: 1157

最近はいっときほどのSFへの興味はなくしており、SF関連のイベントなどにも行かなくなりましたが、ティプトリーの新作が出るというのは別腹。しかも長編が訳されるのは初ということで、きりりと締まりすぎて説明が足りないくらいの短編とはちがったおもしろさがありそう、ということでこれまた久しぶりに新刊書店に飛び込んで購入。ひとことで言い切ってしまうと短編のティプトリーとはかなり印象がちがうおもしろさでした。

翼を持ち一般人を避けて暮らすダミエム人は、銀河の連邦行政官たちから厚く保護を受けていた。彼らの美しさはもちろんのこと、遠くない昔に起こった悲劇を二度と繰り返さないために。そんな星を守るのは行政官のコーリー、夫の副行政官キップ、医師バラム。ただ、ダミエムにはオーロラよりも美しい星空のイベント<ザ・スター>が起こり、見物人が少数だけやってくることになっていた。武器の非携帯を義務づけられ、念入りに調べられた人だけが着陸できるはずだったが……。

本書の構図は希少な野生動物の美しさを守ろうとする人間と、捕獲して高値で売買したいという企みを持つ人間の攻防が軸になっている。当然前者が善で後者が悪。それをうまく隠した展開がまずうまい。サスペンス小説の緊張感をはらんでいる。また、ダミエム人の美しさは限られた描写しかできないテキストだからこそ、読者のひとりひとりに理想的な美しさの妖精を浮かび上がらせる。

大きな青白い翼が頭上で重ねられ、不安な決意にふるえているため、虹色の反射が空にさしている。(中略)髪の毛は頭の上で、ヒューマンをまねているのか——それともからかっているのか——なかば渦巻き形にまとめられ、なかば翼の上に垂れ下がっているが、眉やまつげとおなじく、目もさめるようなブルー・ブロンズ。

手は三本指で、爪らしいものがなく、親指は狼爪のように高い位置についている。靴に隠れた両足もやはり三本指で、際立ってエイリアンらしい特徴をとどめている(中略)仮面に似た笑みはとても”ヒューマン的”といえる。もっとも、”歯”はひとつづきの白い軟骨だ。鼻孔はヒューマンとよく似ているし、両眼はキップの目と同形で、それをひとまわり大きくしたように見える。

モデル体型の妖精を見、オーロラに時間揺動がミックスされたイベントがあるとなれば大枚はたいても参加したくなるのは人として当然だろう。そんな世界に降り立つ観光客たちも実にバラエティ豊かで、誰一人ないがしろにされない。600ページと分厚いだけあって、それぞれのドラマが主人公たちと同等、それ以上にクローズアップされるところが、作者の物語世界への愛を感じる。

勝手にティプトリーの持ち味と思いこんでいたフェミニズム色、ハードボイルドともまがうような極限での判断のおもしろさ、というのはあまり強くない。「接続された女」のように解決しようのない問題をえぐり出したり、「たったひとつの冴えたやりかた」のように感動はすれどもちょっとえぐかったりということも、ほとんどない。スピルバーグが映画化するようなSFなのだ。「あれ
、ティプトリーにしては残酷さが足りないんじゃない」という感想が最初によぎった。だが、自戒をこめていうのだが、作家に自分の理想を押し付けてはならない。作家の特徴といわれるものは読者が作り出した幻想であり、作者は常に前よりもおもしろい作品を書こうとしているだけ(または別のネタを単純に書籍化しただけ)なのだ。そこに統一性がある必要はない。もっとも読みすすめるうちに「ティプトリーらしさとは何か」なんて忘れて物語にのめりこめるので、いちいち言葉を尽くして心配することはないのかも。

他のティプトリー作品を読んだのはもう何年も前なので、裏表紙で触れられている『たったひとつの冴えたやりかた』との関連性を探るために読み返してみます。ティプトリーは分かりづらいから苦手とか、死んだ作家に興味はないという方でも、いかにもアメリカ人が好みそうな勧善懲悪の中にうまく作者の主張を織り込んだ書き方のうまさを堪能しつつ、最後の方まで(最後の最後は若干蛇足気味)きちんとテンションを保った良質な長編であることはSF以外のジャンル読者にもアピールするのではないでしょうか。

こうの史代『夕凪の街 桜の国』(双葉社)

夕凪の街桜の国
夕凪の街桜の国
posted with amazlet on 07.08.19
こうの 史代
双葉社 (2004/10)
売り上げランキング: 10

いわずとしれた原爆まんがの大傑作。今はちょうど映画化されている。

まず言い訳すると、わたしはたぶん人よりもあの戦争について詳しくない。特攻隊の予備連に行っていたという父の自慢話をうんざりしながら聞いたこともあったが、それよりも小学校の図書館に置いてあった戦争のまんがの影響が強い。もうタイトルは忘れてしまったし二度と読みたくないので思い出したくもないが数巻シリーズになっていて、とにかく悲惨な戦争の現実をこれでもかと読んでしまったのだ。沖縄の上陸戦がほとんどだが、負け戦が近づいて住民もろとも手榴弾で自爆したり、文字通り竹槍で特攻する兵士たちを生々しく描いており、まんがとはいえあまりの悲惨さに直前に食べた給食を吐きそうになったことさえある。もちろん戦争の悲惨な記憶を忘れてはいけないが、ああも直接的に描いて見せつけることもないと思うのだ。そもそも悪いのは気持ち悪いと思いつつも勝手に全巻読破したわたしなのだが。

そういうわけで、本書の話。本書の画期的なところで最大のポイントはグロテスクな描写を極力抑えていることだと思う。どうしてもヒロシマの話は被爆の生々しい傷跡ばかりを先に見てしまうせいで、「もうわかったからやめて」と思考停止してしまうのだ。そこを本書がほどいてくれて見えたものは、「戦争は終わっても人間関係を壊す原因となる」という日本人なら誰でも知っている単純な事実。原爆症という直接的なものから、広島に住んでいたというだけで受ける根拠のない差別、21世紀になってもなお心と身体の傷が治らない人はたくさんいる。毎日学校に行ったり仕事に出かけて、家族と暮らし友達と遊ぶ。そんな当たり前のことができなくなる不幸を戦争は確実にもたらす。その当たり前にやってくる不幸というのを素直に描いた傑作です。全人類必読書。

2007年08月22日

【効率】書評を書く前にマインドマップ

マインドマップとはわたしなぞが説明するよりも「マインドマップとは」を読んでいただいた方が確実で、要は脳みその中身をそのまま紙にぶちまけてしまうやり方。考え事を整理したり、単純に言い表せないことを相手に伝えるときに使うと、まとめやすい、とのこと。

わたし自身ずっと書きたいことをきちんと言い表せていないという悩みを抱えていました。むしろ悩みと認めずに、どうもうまくいかないというモヤモヤ感でしかなかった。キーボードの入力速度は自分の文章作成能力よりも早すぎるみたいです。

それでも本を読み終えたらパソコンに向かって一気呵成に書き上げてしまい、ほとんど校正をせずにアップすることから抜け出そうとは思わなかったのです。書いてしまったらそれはもうわたしの手から離れたものとして、誤字脱字の修正とタグのチェック以外にはあまり読み返しませんでした。

読み返して修正するのがイヤならば、書く前にきちんと準備すればいいではないか、と気づいたのが今日。そこで脳みその中をごそっと視覚で確認するためにマインドマップを試してみることにしました。まだ書いている途中なのですが、そこでいくつか気になったことをメモ。

・紙は最低でもA4。某日経の記事でA3が推奨されていましたが、それだとちょっと大きすぎるかも。とはいえ、A5だと小さすぎて書ききれません。自分のテーブルの大きさとも要相談ですが、広すぎるくらいの方が書き足せる安心感があってよいかも。
・時間を決めて書く。だらだら書いていて次の日などに持ち越すとひらめきやノリが消えてしまうかも、というおそれを感じています。書評ならせいぜい20分くらい?
・色を変えるのは確かに有効。黒だけでは読みづらいし、関係性がわかりにくい。
・ベースの黒は自分の使いやすい筆記用具で。わたしはシャーペン、それもstaedtlerのシルバーを愛好しているので、会社用とは別にもう一本買おうと決意しました。書く気持ちよさがないと続かないし、いいアイディアが出ません。

まだ始めたばかりなので、どれほど効果があるかは分かりませんが、しばらく続けて効果のほどを確かめてみようと思います。

2007年08月25日

松井今朝子『似せ者』(講談社)

&uot

似せ者 (講談社文庫)
似せ者 (講談社文庫)
posted with amazlet on 07.08.25
松井 今朝子
講談社 (2005/08/12)
売り上げランキング: 32800

次回読書会(mixi)に向けて小説の方はしばらく松井今朝子固め打ちの予定。まずは本書から。表紙の化粧している役者の艶かしいイラストがきれい。

「似せ者」「狛犬」「鶴亀」「心残して」と芝居もの4短編をおさめる。江戸の風俗を知識がない人にも分かりやすく読ませ、そこにはかなり現代の視点もからんでいる。江戸の常識を前提にしていないところが受け入れられそう。ファンタジーでもそうですが、あまりにも異世界の常識を前面に押し出しても読者はおいてきぼりを喰らってしまいます。とはいえ、この傾向は直木賞受賞作『吉原手引草』をちらっと読んだかぎりでは、ちょっとうっとうしいレベルに至っているようなのが心配。

おもしろいし、非常に小説が巧みという印象を受ける。きちっとまとまっていて破綻もない。しかし、だからこそ退屈が生まれる。もっとも江戸時代というのは250年も戦がなく泰平のうちに時間が流れていったのだから、本書もその空気を見事に反映しているとも言える。決して凡庸ではないが、物語自体にも目新しさがなく落ちるところに落ちてすんなり納得できるタイプの話なのだ。贅沢ながらそこが不満。

今まで時代物の小説は幻想文学に浸るだけの勢いがない時にぼんやり手に取って活字摂取力を回復するためのもの、という位置づけでした。文字を読む気力がないときでも時代物はある程度話の展開が読めることと、ことばのリズムが切れ味いいので、活字を読む元気を回復させてくれるのです。本書もそういう意味では活力になるけれど、普段のわたしの趣味とは全く異なり、やっぱりいい意味でも悪い意味でも退屈なんだな。加えてますます興味のない芝居の世界が中心なのもわたしにはマイナス。こればっかりは趣味の問題なのでしかたない、あまり縁のない作家だとあきらめます。半端に芝居をかじったばかりに、今じゃすっかり興味をなくしてしまったのは、やはり自分がなしとげられなかった理想型を見ることが眩しいからなのかしら。

2007年08月26日

おかいもの

今日はCDのみ。

Two Year Winter
Two Year Winter
posted with amazlet on 07.08.26
Bill Jones
Brick Wall (2003/07/21)
売り上げランキング: 168169

英国フォークの新人と聞いては買わずにはおられまい。ギターやリコーダー、アコーディオンをバックに、素朴ながら透き通った声が聴けて、これは望外の拾いもの。トラッドばりばりのチーフタンズは音が多すぎて聴き疲れするときもあるのだけど、本作のシンプルさはわたしが珍しくリピートしたくなるほど聴きやすさも兼ね備えている。一気にわたしのフェイバリット20にランクイン。しかもなぜだか知らぬがシングルも加わった2枚組。

真実
真実
posted with amazlet on 07.08.26
フィオナ・アップル
ソニーミュージックエンタテインメント (2000/02/02)
売り上げランキング: 41640

250円CDが2枚で250円だったので、「Across the universe」のカバーが素敵だったから気になっていた本作を購入。ベースとドラム中心の音は圧力があって、歌詞カードを見ながら真剣に向き合うタイプの音楽かも。水に潜っているような出だしの3.Limpがいい。

ブルガリア ~神秘の歌声
民族音楽
ワーナーミュージック・ジャパン (1999/09/29)
売り上げランキング: 31626

東南アジアの民族音楽は一通りさらったのだけど、ヨーロッパ系はさっぱり。北欧や東欧にはおもしろい音があるのはわかっているのだけど、実際聴く機会がなかなかない。そこでこの「は・じ・め・て・の民族音楽」シリーズ。本作ブルガリアは1968年の録音とは思えないクリアな音質に感動。女声コーラス愛好者はおさえておきたい一枚。

About 2007年08月

2007年08月にブログ「うぽれけにっき」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2007年07月です。

次のアーカイブは2007年09月です。