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2007年06月 アーカイブ

2007年06月02日

鎌田慧『ドキュメント屠場』(岩波新書)

ドキュメント 屠場
ドキュメント 屠場
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鎌田 慧
岩波書店 (1998/06)
売り上げランキング: 2534
ケモノの皮剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臓を裂く代価として暖い人間の心臓を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の悪夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあった(水平社宣言)(p.108)

先日某丸ビルでフレンチなのにおいしいレバ刺しをいただいて、(ちょっと塩からかったけど)大変おいしかったことを思い出しながら読みました。モツ煮込みやレバニラ炒めなど、苦手な人を除けば今ではすっかり食卓の定番になった家畜の内臓ですが、日本では肉食の習慣がなく、また肉を解体する人々は差別の対象にすらなってきた。本書は20世紀に刊行されたものですが、肉を食べる人ならば誰しも知っておかねばならない事実が現場の声を元に記されています。

品川、横浜、大阪、四国と各地の食肉工場に取材し、人々の声を座談会形式で紹介することによってとても共感しやすく書かれているのがポイント。これは本で勉強しただけでは書くことができない事実です。家康が入城した当時に品川、目黒(なんと今はセレブ住宅地の白金まで!)、馬込などの郊外に家畜を解体する人々は移住して従事したわけです。また、三河島や浅草のあたりは19世紀ごろから皮革工業が発達してそのあたりにも解体する場があったようです。なんといっても驚いたのが差別という現実はもちろん、食肉解体工場ではお給料が出なかったということ! 午前中くらいで解体を仕上げて午後は肉屋さんなどで働くというのが1970年代まで続いていたというのです。そこで組合を立ち上げて賃金が出るようにし、都の公務員として雇用されるに至るのです。

食肉解体というのは機械でさくさく切り刻むようなものではなく、腕一本、ナイフ一本で皮をはぎ肉を断ち切る作業なのです。そのため、写真の労働者たちはみな一様にたくましい腕を持ち、紹介されている言葉も肉を加工することの技術にプライドが感じられます。

何気なく食べている肉やモツがいかにしてできあがるか、料理好きと自称するわたしでも知らなかったことばかりで、己の不勉強に恥じ入るばかり。これからは少々値上がりしたからといって不満をたれずにおいしくモツを料理しようと思います。また、食肉解体に携わる人たちはいわゆるアホで能天気な体育会系とはちがい、いわれなき差別と闘った影はあるものの、同じ仕事に携わるもの同士のライバル意識とそれゆえの友情がさっぱりくっきりと描かれていて素敵でした。

2007年06月03日

しゃべれども しゃべれども

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公式サイト

二ツ目の花が咲かない落語家が、なりゆきで喋り方教室を自宅で開くことになってしまい、無愛想なクリーニング屋の看板娘、関西から転校してきて馴染めない小学生、解説の下手な元プロ野球選手に落語を教えて喋り力を鍛えようとする。

この映画、なんといっても見所は小学生の村林くん(名字を発音すると長いので、もっと呼びやすい名前にしちゃってよかった)が演じる「饅頭こわい」である。「こ、これがニュータイプかっ……」と驚かされることまちがいなし。キャーバタバタのくだりなど一瞬たりとも見逃せない。この小学生は落語だけじゃなく、全体を通しても演技力は上位(1位は八千草薫)。他のキャラクターはどことなく怒りっぽいので印象があまり良くないのもあるが。

下町のクリーニング屋の娘を演じる香里菜さんもおもしろかった。いちいちむすっとしているので、ラストにさわやかに笑ったところが引き立つ仕掛けで、よくぞ最後まで笑わずに持たせたと思った。その点、笑いを誘うシーンには登場しないようにうまく組まれていて、制作側のがんばりがうかがえた。そしてラストのすごい超能力発動には笑いをこらえるのがつらかった。その飛び出し、最後まで徹底してぎこちないリアクションが実にういういしい。とにかく映画全体の下町のゆっくりしたイメージに反して一人だけとびきりなんだよな。スタイルも顔つきも。

国分くんの映画の序盤はやや堅い演技が多く、「落語聞いたことあんのかよ」など青春まんがの恥ずかしい台詞まわしがたっぷりだけど、伊東四朗がCMを持ってるタフマンを飲んだあたりから俄然歯車が回り出して見事な達者ぶり。「火焔太鼓」は全編通したわけじゃないけれど、特徴が出るところをうまくつないで、あれなら元の噺を知らない人でもあらすじが分かり、師匠との対比もつかめたんじゃないか。

清く正しく落語を扱いつつ、江戸紹介映画にもなっており、文部科学省お墨付きまちがいなし。なお、わたしが見たのは聴覚障害者に配慮して日本語字幕付きでした。

Klaus Nomi「Encore!」

Encore!
Encore!
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Klaus Nomi
BMG/RCA (2006/09/25)
売り上げランキング: 366987

Klaus Nomiといえばプログレ関連の書籍・雑誌ではキャラ優先の異端児というイメージだった。中世的な化粧を施し、あほっぽい貴族の服。しかし、実際にその音を聴いたことはなかったのだった。たまたま500円で拾う機会があったので、外れても売り抜けられるだろうとよこしまな期待を抱いて購入。

そしたらびっくり。2.Cold Songはバロック調の物悲しげなチェンバロから始まり、決して音域が広かったり声量が豊かなわけではないが、これぞクラシックとロックの融合とうなづける音楽的な広さを感じる。そして4.Can't help falling love with youはプレスリーで有名なあれ。80年代初期の電子オルガンも妙にマッチして、ピエロの叶わぬ恋というコミカルでトラジックな雰囲気が出ています。すばらしい。

ピコピコ音楽の黎明期ゆえ、今では安っぽさをまぬがれない曲もありますが、それでも80年代で終わってしまうには惜しいおもしろさがそこここに溢れています。惜しむらくは彼がAIDSで亡くなった最初の有名人という烙印でしか記憶されないことでしょう。もっと再評価されるべき音楽であり、21世紀にも十分通じるものがあります。MTV時代にはちょっと早すぎたのが悔やまれる。

2007年06月10日

ジュディ・バドニッツ『空中スキップ』(マガジンハウス)

空中スキップ
空中スキップ
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ジュディ・バドニッツ 岸本 佐知子
マガジンハウス (2007/02/22)
売り上げランキング: 84035

パステルカラーのふんわりした表紙で、読書系の趣味があう人ことごとくほめていたので、久方ぶりに新刊を買ってみた。「妄想力にも、ほどがある」というコピーも秀逸。

トップに据えられた「犬の日」はダウンタウンのトカゲのおっさんのコントがまず頭に浮かんだ。ボケ倒すとかげのおっさんと犬はとってもマッチング。とはいえ、こちらはとってもジャック・ケッチャムなので注意。「イェルヴィル」なんかもその系統。

特異なシチュエーションを庶民的な視点でリアルに描く力は実にすばらしく、市井の女性の立場による異常なシチュエーションを描いた小説をわたしは一人で「マジックキッチン・リアリズム」と呼んでいるのですが、まさにそれにぴったりあてはまる。他にその系統の小説として人造蛙人間と恋に落ちる『ミセス・キャリバン』とか、中国の残雪などがあります。会社などで他人と交わって働くことにより多かれ少なかれ一般常識に触れる機会の多い男性と異なり、家族との交流が第一にあり最小単位のコミューンとして変わったコンセンサスが生まれやすい家庭に縛られる女性ならではの視点がここでは存分に生かされています。

「道案内」「公園のベンチ」の袋小路ぶりはボルヘスの迷宮感覚に近く、「チア魂」のやりすぎ感はスティーブン・キングの短編集にありがちな「そこまでしなくても」とのけぞりつつも最後まで見てしまう痛々しい笑い、「アベレージ・ジョー」はオールドタイプのSFぽさがあり、「ハーシェル」はラファティのよう。バラエティに富んだ器用さもこの作家の特徴といえそう。

ただ、奇想にあふれているとはいえ、「産まれない世界」などは着想一発で、SFとしてはさほど珍しい話ではないにも関わらず、SF的観点の解決策が提示されていない点で、やや物足りなさを覚えた。全体にもやや若書きでやや落ち着きが足りないという印象が残り、同時期に国書刊行会から出た『すべての終わりの始まり』に一日の長がある。これだけ観察力が鋭く自然な筆致で書けるのだから、やはり長編が楽しみ。すでに出ている『イースターエッグに降る雪』や今後の長編は要チェックですな。

イースターエッグに降る雪
ジュディ バドニッツ Judy Budnitz 木村 ふみえ
DHC (2002/09)
売り上げランキング: 617418

2007年06月17日

食彩の王国(2007/6/16)

第181回『ケチャップ』は実に興味深かった。ケチャップというと即アメリカンなトマトケチャップを彷彿してしまうが、トマトケチャップ←イギリスのキノコケチャップ←東インドで発見した大豆ケチャップ←魚醤と時間的につながりがあり、地球を一回りして日本でオムライスにかけられるトマトケチャップという地位を占めることになったという。

番組に触発されて早速オムライスを作ってみると、ごはんといっしょに加熱するトマトケチャップの味と、オムレツを乗せた上にかけるだけのトマトケチャップとは味が全くことなる。加熱するとケチャップの酸味がとれて丸い味になるのだと再発見。ただかけるだけのケチャップは酸味の爽やかさが味のメインになっており、同じ調味料でこうも味が変わるのかと、新しい秘密を見つけたようになんだかうれしくなってしまう。

トマトケチャップはずっとカゴメ製品を使っていましたが、ハインツも安くておいしい。ケチャップのおいしさは予想を裏切らない味を簡単に作れるところにあるのかもしれません。だからあまり工夫したりLOHASなものよりも、どこのコンビニやスーパーでも買えるあたりまえのものの方がわたしの舌には適しているように思いました。

吾妻ひでお『失踪日記』(イースト・プレス)

失踪日記
失踪日記
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吾妻 ひでお
イースト・プレス (2005/03)

路上生活者になるかもしれないという不安をずっと抱いてきた。仕事は不安定だし手に入った金を貯金するほど生活に余裕もない。近くにせっせと缶拾いをして糊口をしのいでいる人たちが多く住んでいることもあり、彼らの姿を見るたびに同情よりも将来の自分を見るような不安感にあおられた。

本書は漫画家として名をなした後にタイトル通り失踪したときの物語。少女まんが好きとしては、吾妻ひでおのような絵柄はあまり好みではなく、それほど興味もなかったけれど、鬱病とアルコール中毒という決して他人事ではない状況に興味をもって読んでみた。すると案外ホームレスも悪くないという妄想にとらわれるが、これは手に職があり復帰できる人にしか許されないというせせこましい現実にすぐ舞い戻ってしまう。我ながら器が小さい。

漫画家をやめておいて、なぜか建築現場で働き出すところがおもしろい。本末転倒ではないのか。もっと前、仕事も人生もうまくいってないという時に読んだら少しは楽になれたかもしれない。

エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』(東京創元社)

パラダイス・モーテル
エリック マコーマック Eric McCormack 増田 まもる
東京創元社 (1994/09)
売り上げランキング: 880611

先日『隠し部屋を査察して』が文庫本化されてにわかに注目を浴びているはずのエリック・マコーマックの第一長編。短編集を読んだときは技巧的なうまさと共に、(某氏曰く)カナダ系の粘着質さがとても印象に残り、中でもサディスティックさを前面に押し出した悪趣味ぶりは活字であるにも関わらず嫌悪感を抱くに充分すぎるものでした。

本作でもその悪趣味ぶりはあますところなく発揮されており、それは描写にとどまらず小説の構成まで至っており、心ある人ならば眉をしかめるかもしれません。このオチはかなりギャフン。ですが、わたしとしては登場人物が苦痛に耐え続ける姿をいかにも楽しそうに描く作者のサドぶりがとても記憶に残りました。たとえば、原住民につかまってシャーマンの処刑を受けようとする話では、奇怪なシャーマンの身体的特徴が細かく描写される。

たとえば彼らのシャーマンは、後頭部に目がついていた。羽毛の外套と彩色した顔といういでたちのシャーマンが、わたしに背中を向けて、痛々しく充血したその目をこらしてみつめるたびに、それを何度も見ることができた。見張番の話では、シャーマンの妻たちは四歳か五歳のこどもを選んでシャーマンの後継者にするという。およそ十年の歳月をかけて、彼らはこどもの左目を眼窩から徐々にひっぱりだし、じわじわと視神経をのばしていって、ついには眼球が左耳のうしろに来るようにするという。それは油を切らしたことのないバナナの皮にくるまれて、紐で頭にくくりつけられていた。

おもわずぞっとする描写、よく考えると言葉も通じない未開の人々に囚われたはずなのに、なぜか見張り番と話をして細かいところまで聞き出しているなど、物語内でもややリアリズムを欠くところですが、そんなものはグロテスクな描写で一蹴してしまうほど、読みやすく、気持ち悪い描写がそこここにあります。

物語は浜辺のテラスで過去を回想する老人から始まり、幼い頃に医師の父親にとあるものを隠された四兄弟のその後を追う形式をとっています。そのため、各人を中心とした連作短編集の趣がやや強くなっています。もちろんラストのギャフン落ちですべてが台無しですけどね! ソローキン『ロマン』を愛するロマニストにこそおすすめしたい。あとがきで触れられている未訳の長編もおもしろそう。短編以上の破壊力、アホっぷりに大満足の一冊でした。

おかいもの

今回はいいのが揃ってます。

フローベール『ボヴァリー夫人(上下)』(岩波文庫)

ボヴァリー夫人 (上)
ボヴァリー夫人 (上)
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フローベール 伊吹 武彦
岩波書店 (1960/06/25)
売り上げランキング: 321991
ボヴァリー夫人 (下)
ボヴァリー夫人 (下)
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フローベール 伊吹 武彦
岩波書店 (1960/11/25)
売り上げランキング: 125309

・ジョン・ランチェスター『最後の晩餐の作り方』(新潮文庫)

最後の晩餐の作り方
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ジョン ランチェスター John Lanchester 小梨 直
新潮社 (2006/06)
売り上げランキング: 179272

・Dan Fogelberg「Phoenix」

Phoenix
Phoenix
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Dan Fogelberg
Sony (1990/10/25)
売り上げランキング: 127164

・Roxy Blue「Want some?」

Want Some?
Want Some?
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Roxy Blue
David Geffen Co. (1992/03/03)

・Ann Caram「Sunflower Time」

Sunflower Time
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Anna Caram
Universal (1996/10/07)
売り上げランキング: 361252

・Keren Ann「Nolita」

Nolita
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Keren Ann
EMI (2005/03/15)
売り上げランキング: 139458

『ボヴァリー夫人』は教養として。教養だいじ。

『最後の晩餐の作り方』はTimesの料理関連の編集者がレシピをうまく小説に絡めたということで気になっていた一冊。クレストより小さい文庫版にて。

Dan Fogelbergは全く名前を知らなかったのだけど、「Longer than〜」のアコースティック曲で一気に開眼。Eaglesなどとも交流があった人らしく、洗練された西海岸フォークロックの趣で、さわやかさが売り。

Roxy BlueはLAメタルにはまっていたころ好きだった。曲の作りも演奏もそんな悪くないと思うんだが、時代の潮流の終わりかけに出てきたタイミングがまずかったか。今でも聴くと悪くない。

Anna Caramはジャケ割れとはいえこの名盤が250円はお得すぎ。思うにスペイン語圏のアルバムはブックオフでは邪険に扱われているので狙い目じゃ。おいしい水〜。

Keren Annはイスラエル生まれフランス育ちのフレンチポップス。耽美なのに加えて、意地悪そうな猫ジャケにやられました。実は前日にHMVで見かけて自分が持ってる以外にもたくさん出しているのだなあと記憶したばかりだったので、渡りに船。

2007年06月20日

自分への敏感さと鈍感さ—あるいはピタゴラ装置という緩衝剤—

ピタゴラ装置DVDブック1
ポニーキャニオン (2006/12/01)
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ピタゴラ装置 DVDブック2
ポニーキャニオン (2007/04/18)
売り上げランキング: 111

ピタゴラ装置が大好きなのは大人も子供もいっしょ。物理法則に則ってはいるものの、見る側からはビー玉が予想外のルートを走り運ばれていく様に、驚きと悦びを感じる。これは自分が動かすことができないからこそ、自分の想像を超えた意外性を発揮することが原因。いわば、ゲームのように自分の手を動かして結果を求めることとは反対の快楽だ。

自分の手が届かないことは歯痒さと共によろこびもある。自分で自分のあごの下を撫でてもちっともくすぐったくないが、人に撫でられるとげらげら笑い出すだろう。自分の手が起こす行動はすでに脳から全身に信号が行き渡り笑いにはつながらない。もし、自分の手でくすぐったさを覚えていたら、人は常にその行動で快楽を得続けようとすることだろう。

一方で自殺という方法は自らの手によってすべての感覚の遮断を行うことであり、常にその行為に抵抗を覚えるようにできている。これは自分の手で身体をくすぐっても笑い出さないこととかなり密接な関係があるように感じるがそれはさておき。先日『パラダイス・モーテル』を読んでいて実に印象に残る自殺シーンがあったので、ちょっと抜き書きしてみる。自殺する人物は車のエンジンが充分にあたたまってから仕掛けを作り出す。

麻のロープのはしを椰子の老木まで引きずっていく。がっしりとした幹にぐるぐると三回巻きつけてから固く結ぶ。反対のはしを車までひっぱっていって、運転席のドアの小さなスチール枠の三角窓をくぐらせる。それからもう一度運転席に乗りこんで、ドアをばたんと閉めた。ほどけたロープの大部分を車内にたぐり寄せ、ロープのはしについた鳩目を通して、頭がすっぷり入るくらいの輪をつくった。
 彼女は座席にもたれて一息ついた。それから輪をもちあげて、髪の毛やブラウスの襟をひっかけないように気をつけながら、頭をくぐらせた。もう一度深々と息をつき、ハンドルに両手をあてて、旅に全神経を集中した。いまは恐怖もなにも感じなかった。空虚感があるばかりだった。彼女は空虚感という贈り物に感謝した。エンストしないことをたしかめるために、二、三度リズミカルにアクセルをふかした。
 準備はできた。

以下の描写は略しますが、死ぬまでに自分のコントロールできない手段を用い、かつかなり手間をかけて準備をしている。手首を切って終わりとか高いところから落ちて終わりということではない。フランス料理のメインディッシュのように手間ひまをかけて自らの命を絶とうとしている。ここにピタゴラ装置を作る手間との共通点を感じました。

つまり、確実に死ぬための仕掛けを大掛かりに複雑に作ることによって、自らの目的意識を自殺から仕掛けの製造にしむけることで、制作の楽しみ、難しさへの取り組みに集中させ、その結果として自らの死が訪れるようにすれば恐怖感を克服できるのではないでしょうか。単純さは確かに確実な死をもたらすかもしれませんが、それを超えるための恐怖感はとてつもなく大きそうです。「死ぬ」という意識から「作って発動させる」意識への転換を行うことで、複雑さと失敗する確率が若干増えるものの、おもしろい死に方を確実に迎えることができそうな気がします。

もちろんこれは自殺に限った話ではなくて、乗り気でないこと全般を楽しくやり遂げるためのヒントでもあります。単純さを見抜くことは無気力感につながるため、それをカモフラージュすることで達成感を作り出すことも、時には大事なのかもしれません。

2007年06月24日

イアン・ワトソン&マイクル・ビショップ『デクストロII接触』(創元推理文庫)

デクストロ2接触
デクストロ2接触
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イアン・ワトスン Ian Watson マイクル・ビショップ Michael Bishop 増田 まもる
東京創元社 (1988/10)
売り上げランキング: 315544

これはひどいバカSFですね。

京都で生まれ育ち東京は怖いっと震える言語学者高橋恵子さん(なぜか日本人だと登場人物でも「さん」をつけたくなる)が惑星開拓事業に携わってエイリアンに言語を教えたらなつかれる話。太陽が二つあって降り立った惑星がもうすぐノヴァに入るところで、原住民が意外な生殖能力を見せる。

エイリアン(カイバー)たちは一見普通の人間なんですが、真っ当に動いているのは一人だけで、他は植物のように身動きしないが、地球の探検隊たちが触れようとすると、ソニックブームを出して抵抗する。

それにしても探検隊の人間くささよ。隊長はゲイで稚児の運転手を連れて歩き、主人公の高橋恵子さんは西洋人にがつがつ中出しされて、なんだか生々しすぎますよ。

全裸のままで起き上がり、今度は彼の精液——彼の存在のあかし——が流れ出るのも気にせずに、備品のはぎ取られた室内を歩き回った

気にしてくださいよ! 生なましすぎますよ!

SFという前に人間関係の生々しさを見せつけられる、意外なほどにうっとうしい話でした。SFプロット自体はそれほど意外性もなく、素直に受け取れるけど、性の探検隊とも呼ばれるべき探検隊内輪の性問題にはついていけません。ある意味人間らしいSFと言えましょう。「恋愛小説は好きだけど……」というSF苦手な人に、ある意味おすすめです。

2007年06月30日

キャロル・エムシュウィラー『すべての終わりの始まり』(国書刊行会)

すべての終わりの始まり
キャロル・エムシュウィラー 畔柳 和代
国書刊行会 (2007/05)
売り上げランキング: 68573

この本こそ今年一番の名著である。

大傑作「私はあなたと暮らしているけど、あなたはそれを知らない」は一読コルタサルの「続いている公園」を思い出した。同じ国書刊行会の『遊戯の終わり』、岩波文庫の『悪魔の涎』などで読めるので、短編好きならぜひ一度は目を通していただきたい。小説内での読者の視点がするりと変わる感覚は、ちょっとすごい。たとえばテレビカメラを2台使えば、別の視点を作り出すことは簡単にできるが、その変換がスムーズに行われることは編集技術が必要になり、本作のように作中ずっとスムーズな視点の変化を起こしていくことは決して容易ではない。ネタバレを恐れずに書いてしまうと、テーマは女性の二面性と言えそうだが、自分でも戸惑う性質を具体的な人物造形を用いて描き出しているところが凡百の心理ものとは格段に異なる。

「悪を見るなかれ、喜ぶなかれ」は『侍女の物語』を彷彿させるディストピア中の恋愛もの。恋愛は障害が多ければ多いほど燃えるもの。そこに「見る」ことが感情に与える影響の大きさを重ね合わせて、これもまた傑作。

宮脇孝雄氏も取り上げている「見下ろせば」の鳥人の身体感覚が表現された文章は本を読み進めるたびにため息が出てしまう。

我々は急降下し、激しい気流だけで突き倒す。触れもせずに。我々に憧れ、我々の空へ上がる方法を発明しようと努めている横をカーカー笑いながら飛ぶ。落下したときに助けてやることもできるが、助けない。模造の羽根、グライダーなどをつけたまま落ちるにまかせる。奴らは必ず落ちていく。

これは作中の脇役に配された人間だけでなく、読者であるわたしも同じ落ちていく人間である認識を突きつけるとともに、鳥人の主観として弱々しく羽ばたこうとする人間を(タイトル通り)見下す視点をも獲得させる。この二重性こそがエムシュウィラーの旨さたる由縁。彼女自身、書くことはあまりうまくなく自分の思想をうまく言葉に換えることができないことで若い頃は悩んでいたらしい(本人のbiographyより)。それでも彼女は主婦をしながらこれほどの傑作を書くようになっているわけで、そこには本人の努力とSFコミュニティからの刺激が良い方向にはたらいたのでしょう。

ケリー・リンクと最近読んだばかりのジュディ・バドニッツがエムシュウィラ—に近い雰囲気を持っているけど、強いて言うとケリー・リンクはよりシュールリアリスティックで、バドニッツはややコント、一発ネタ系に分類されてしまう。エムシュウィラーには他二人にはない経験の重みが文章はもとより、物語作りにもずっしりと湛えられています。文学的にはもちろん60年代のいわゆるニューウェーブSFの影響が多大であることは本人も認めていることですし、なんというか背景的にも実際の文章でもこれほどわたしの好みストレートな人はいないのではないか。

とにかくまあ、普段ウワッペラばかりの小説やドギツさだけが売りの小説が氾濫していてうんざりだよ、もっと地に足がつきつつ、実は足なんてないのかもしれない、という不安さが味わいたい、というなんだか複雑な欲求をお持ちの方におすすめです。

おかいもの

Stereotomy
Stereotomy
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The Alan Parsons Project
Arista (1990/10/25)
売り上げランキング: 180941

意外にハードな音作りの割には、80年代の電子音打ち込みで妙なやわらかさがある。★★★

The Little Willies
The Little Willies
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The Little Willies
Milking Bull (2006/03/07)
売り上げランキング: 17510

当然のようにNora Jonesの1stにはノックアウトされた口なので、いつかはThe Little Williesも、と思いつつ買いそびれていたもの。カントリー系としては曲にスペクタクルがあるので飽きない。しかし、普段聞き慣れていないジャンルなので聞き込みが必要なところ。

Each Little Thing
Each Little Thing
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Sharon Shannon
IRL (1997/10/14)
売り上げランキング: 405760

アコーディオンは妙にやかましいところが苦手だったけど、アイルランドやスコットランドの音楽を聴くようになって、全体をひっぱるメロディ楽器という位置づけができて、苦手意識が消えたような気がします。アンサンブルの中に入って輝く楽器だと思う。Sharon Shannonは若くしてアコーディオンの才能と美貌で一躍アイリッシュ音楽のアイドルとなってチーフタンズなどともセッションしている。ほがらかさがすてき。

・『ヒュー・ジョンソンの楽しいワイン』(文春文庫)
教養として。

けだもの
けだもの
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ジョン スキップ クレイグ スペクター John Skipp Craig Spector 加藤 洋子
文藝春秋 (2000/10)
売り上げランキング: 280181

ホラーはもう読まなくなって久しいのだけど、表紙がゴヤだったので。

・フェリペ・アルファウ『ロコス亭の奇妙な人々』(東京創元社)

ナボコフ、カルヴィーノ、エーコにつながる系譜の作家と聞いて。東京創元社は知らないタイミングで隠れた名作をハードカバーで出すからあなどれない。

・エドガー・パングボーン『デイヴィー 荒野の旅』(扶桑社)

買い直し。やっぱり名作SFは読んでおこうと思って。

・ミラン・クンデラ『不滅』(集英社)

持っているような気がするが、100円だったので。クンデラは読みやすくていいですよな。

壜の中の手記   晶文社ミステリ
ジェラルド カーシュ Gerald Kersh 西崎 憲
晶文社 (2002/07)
売り上げランキング: 291179

もう読んだような気がするが100円だったので。カーシュの奇想は間抜けに見えて鋭い真理をつかまえているような気がして、なんだか読むのが止まらなくなる希有な作家の一人。

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