来週の土曜日(2007/3/10)は読書部第18回の開催で、課題図書はカフカ『審判』なのです。先月この本を読んだ時のつかみどころのなさは、最近ちょっと経験のないもので、なぜこれが世界的に受け入れられているのか全く理解できなかった。主人公のKは銀行の偉い人(岩波文庫版だと「業務主任」で、白水社版だと「支配人」となっている。Kの年齢が30歳であることを考えると、「支配人」はやや地位が高すぎるように思う)なのだが、なぜか逮捕されて最後は刑を受けることになる。刑の執行の唐突さ、途中に出てくる人物のつかみどころのなさはちょっとしたものだ。
読了後のもどかしさをささっときれいにしてくれたのが、白水社版の訳者でありカフカといえばこの人池内紀の新書『となりのカフカ』。これが実に分かりやすくカフカの生涯と共に作品解説にもなっている。生涯結婚しなかったが、何度も婚約だけはしていたカフカ。きちんとした勤め人である反面、妙なシスコンでもあるカフカ。小説に夢中で毎日睡眠時間を削って書き続けたカフカ。何よりも『審判』にも挿入されている「門番」の話をはじめとして、カフカの小説は他の作品とも密接に関連しているところがある。文学史的な表層のイベントではなく、タイプライターを嫌い、深夜こつこつと書き続け、ノートが少なくなると急に誤字脱字が増えるカフカのとなりにひっそりとたたずむようにして、著者はカフカを観察しているかのように親密感が湧くすばらしい入門書であり研究書です。
池内 紀
光文社 (2004/08/18)
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これと合わせて読んでいるのが同じ著者による『カフカのかなたへ』。こちらもイラストや写真が豊富ですが、『となりのカフカ』とちがうのは、画家がカフカの作品から描いた絵が使われていること。元は青土社ですが、今は講談社文庫から出ているようす。
池内 紀
講談社 (1998/01)
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図書館で他にも研究書を何冊か借りてみたのですが、それぞれカフカの異常性にばかり目を付けたがり、やたらと不条理の三文字を持ち出してカフカ自身と距離をとりたがるものばかりでした。分からないことは分かったから分かるように読ませてほしい。その願いをかなえてくれたのは、まだインターネットに触りたてのころ出会った残雪という中国の小説家がていねいにカフカを読み解いた『魂の城 カフカ解読』です。
残雪 近藤 直子
平凡社 (2005/12/06)
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池内氏はカフカという作家本人に近づいていくことで作品にも同じように歩み寄る姿勢を見せてくれますが、残雪の場合は徹頭徹尾一読者としての解読です。この本でもっとも有名な第一章で監視人が突然Kの家に押し掛ける場面では、監視人の態度についていくつか疑問を投げかけます。
監視人も口でいうほどには原則を堅持しない。彼らはKをにらみつけて放さないのではなく、比較的緩やかな優待方式を採っている。もしかしたら、Kにある種の余地を残すためだろうか? 彼の道をふさいでしまわないために? それともKにおもしろい演し物を見せてやろうというのだろうか? 法がそんなに恐ろしいものだとしたら、なぜ彼らはKを監視するのにこれほどいい加減なのか?
そのいい加減さが「法」と説きます。厳しいようでどこか抜けているような曖昧さ。残雪はそれを不条理の言葉で片付けることはしません。Kによる語りによって書かれた物語を裏返してみせ、「法」の迷路に巻き込まれた社会的には認められながらも法には認められなかった青年の悲劇であるとつぶさに検証していきます。文化大革命という世界的にも稀な悲劇に巻き込まれて育った著者の読みは、ちょっとやそっとでは諦めない凝視によってカフカの世界を解剖していきます。
池内紀、残雪ともに着目しているのが本編以外の未完成部分。友人のマックス・ブロートによって編集されたものの、この物語はまだ完全ではなく、それを解き明かすためには未完成部分をないがしろにしてはいけないとしています。読めば読むほどに不条理という霧が晴れていく、これこそが小説をしっかり読み解く楽しさなのだと実感しています。