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2007年02月 アーカイブ

2007年02月03日

ナイスの森

ナイスの森 The First Contact
レントラックジャパン (2006/10/27)
売り上げランキング: 6365

茶の味」はとても好きだったので、同じような笑いを期待して拝見。

公式サイト(かなり見づらい)

石井克人がやりたい放題やった時はどことなく苦手な印象があったのだが、想像していた通りの苦手さが出ていた。説明のない物語、細かいコマ割りばかりで撮りたいシーンを集めただけのように見える。

10年以上たっているのに、演劇部当時の価値観がわたしにはまだ残っていて、「暗転が多いのは悪い芝居」という規則がこびりついている。演劇で暗転させるのは大道具の配置を変えて場面が変わったことを意味することが多いですが、映画と異なり配置換えには結構な時間がかかるため客はその間何もない空間を見せられて集中力が途切れることになり、なるべく暗転が少ない演出が求められます。本作は映画とはいえ、オムニバス形式というにはあまりにもぶつ切れの映像が多い。疲れるというよりも、その結びつきが弱い。ピコリコ星人の世界と思われる異生物での合奏シーンなど、このタイミングで入ってくる理由も分からないし、それぞれのエピソードが短くて背景を想像する楽しみが薄い。そういう意味では不親切な作りだ。

売り文句になっていた合コンピクニックもかなり弱い扱いで、故意に芯となるエピソードを作らないようにしている節さえうかがえる。その意図がいまいち伝わってこなかった。おのおののエピソードはあと10分延ばしてくれたらおもしろくなりそうなところが語られず消化不良で終わってしまった。ピコリコ星人の合奏(これはこれで妙なエロさはあり、板野真弥の絵はアメリカだと捕まりそう)や部活(これも脇がエロい)とかいらない。この辺はかわいい女子でエロくてアホな絵を撮りたいだけにしか見えなかった。

うーん、笑いのつぼがちがうだけで済ませられない齟齬がありそうで、わたしは肝心なところをつかまえていないような気がする。そのくらい食い違ってしまった残念な作品でした。また、ノッチ(西門えりか)と部活女子(下田奈々)が同じ人に見えたので、自分のおっさん化現象を痛感しました。

2007年02月04日

宮本信生『カストロ』(中公新書)

カストロ―民族主義と社会主義の狭間で
宮本 信生
中央公論社
売り上げランキング: 783434

著者はキューバ大使を勤めたことがあり、執筆当時はチェコ大使。よって、社会主義体制国家の把握は現場レベルでの知識があり、信頼できるものだろう。キューバの輸出といえば砂糖に依存するような小国が、1960年代に世界全体の安全を左右する存在であり、今日まで大きな政変もなくカストロが首長として政権を握っているのはどんな理由からなのか知りたくて本書を手に取った。

しかし、一般的には確かな内容として評価の高い本書は、わたしにとっては不満が残るものだった。現在危篤状態が続いているカストロ議長の人物的側面を知りたいと思って手に取ったのだが、全体にアメリカとソ連、中国とどのように渡り合ったかという外交から見た歴史的な内容になっている。カストロの人物的な物語はほとんど語られないため、本書のタイトルは「キューバ」であるべきではないか。もちろん、20世紀後半のキューバ=カストロであることも事実だろうが。

また、ゲイや文学の弾圧など国内の状況はあまり描かれない。60年代後半、レイナルド・アレナス同様に大量の文化人がアメリカに亡命したことは取り上げられて生産性の減少につながったことは書かれているが、なぜ亡命という手段を選ばなくてはならなかったのかが読みたかったのだ。

しかしそれらはないものねだり。本書はあくまで外交的見地から社会主義国家としてのキューバについて取り上げているのである。それはカストロ兄弟(弟は軍事担当)の生涯でもある。カストロ政権は人の寿命によってもうすぐ終わるが、21世紀にどのような変化を見せるのか、本書の2010年版を読んでみたい。

カキオコ+La Passion Grenache

カキオコという発想はなかったので、牡蠣とオイスターソースをあわてて買ってきた。

1.ベースは薄力粉、卵、山芋のすりおろしと鶏ガラスープをとったばかりなのでそれで。
2.キャベツともやしと牡蠣を放り込んでがしゃがしゃかき混ぜる。
3.鉄鍋に油をひいてじゅわーっと焼く。火は初め強め、時間がたったら焦げすぎないように弱めに調節。
4.かつおぶし、海苔、ソースとオイスターソースを混ぜたものをちょろっとかけていただきます。

IMG_5674.jpg

ワインはLa Passion 2005。シラーとグルナッシュのスパイシーさは目立たず、ヨーグルトのような香りがある。1日置いた方がなつっこくて呑みやすい。もちろんカキオコにばっちり合います、というよりお好み焼きのソースとキャベツ、もやしだけでもおいしいですけど。今回は鳥ベースのスープで作ったけど、牡蠣だけに昆布とかつおの海ベース出汁の方が合うかも。

IMG_5676.jpg

よしながふみ『大奥1、2』(白泉社)

大奥 1 (1)
大奥 1 (1)
posted with amazlet on 07.02.04
よしなが ふみ
白泉社
売り上げランキング: 690
大奥 2 (2)
大奥 2 (2)
posted with amazlet on 07.02.04
よしなが ふみ
白泉社
売り上げランキング: 487

世の中は『大奥』が話題になっているが買うお金もないしまた話題が過ぎ去って100円落ちしたら読むか、と思っていたら望外にも読む機会がありさくさくと読了。

問題は物語の前提にある。若い男だけがかかる死病によって男性の人口が1/4になってしまった江戸初期〜中期が舞台。「若い男だけがかかる」「1/4でとどまる」という2点がひっかかる。21世紀の未来人としてはそんな病気ないよーという抵抗がまったくないわけではない。

それでも読み進めるうちに気にならなくなってくる。貧乏武家から男だらけの大奥になりあがる1巻(流れ紋の裃は実にかっこよかった)、京都有数の僧侶が見目を気に入られて大奥に誘われる2巻、どちらもぐっとくる。歴史改変ものとしては史実に囚われすぎず、さりとて大きな歴史のうねりはきちんとおさえている。鎖国や名前の付け方など実際の歴史を意識しつつ独自の展開があり、ガジェットの使い方はうますぎ、できすぎと思ってしまうほど。日本の歴史は変えられない方が好きなんだけど、これは許す許さないのレベルではない、一つの平行世界として「あったにちがいない」と確信さえ抱いてしまう世界が構築されています。安心して誰にでも勧められる傑作。

2007年02月11日

カフカ『審判』(岩波文庫)

審判
審判
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カフカ Franz Kafka 辻 ヒカル
岩波書店
売り上げランキング: 19078
審判―カフカ・コレクション
フランツ カフカ Franz Kafka 池内 紀
白水社
売り上げランキング: 97449

来月の課題図書は白水社版ですが、とりあえず家にある岩波文庫版を読んでみました。『変身』と並び冒頭にいきなりおうちが簡易留置所になって裁判にかけられるという不条理背負い投げをきめられる銀行員K氏の日常が、夢のような不条理さと分裂病的な被害妄想となぜか超モテが重なって幸福なんだか不幸なんだか分かりません。

とにかくこの異常なモテぶりはどうだ。普段は呑み屋兼娼婦のエルザと関係を持ちつつ、突然の拘束を機に隣室のビュルストナー嬢にキスし、普通のアパートで開かれた裁判ではそこに住む奥さんから惚れられて、遠くにいるはずの叔父の娘エルナはいつもKのことを気にかけているし、弁護士の看護婦兼愛人レーニとは物語の終わりまで着かず離れず共にすることになる。女性は悪意の有無はともかく、みんなKになにかしらの好意を持って接しているのに対して、男性は銀行の支店長を除きほとんどがKの憎悪の対象となり蔑まれた描写をされている。男性はKの敵で害をなすものなんですな。呑みにいくような友達もなく、男社会の中を道しるべなく迷い続けるKにとって、女性はみな休息点なのかもしれません。

本書はカフカ死後に友人のマックス・ブロートによって編纂されたせいか、各省のつながりがどことなくぎこちない。そういう意味ではあまり「生きた」物語とは言えず、ありていに言うと小説の構成は稚拙。エピソードの多くが唐突で、『審判』という題にも関わらずまともな審判はほとんどなく、審判にかけられることになった者の不安が全体に流れています。沼地にかかる霧のようなぼんやりとした不安はとてもリアルで、無実なのに後ろ指さされる身分に落ちてしまった罪悪感はとても共感できました。これは審判という形をとらずとも、なんとなく働かないといけない、なんとなく結婚して幸せな家庭を築かなければならないという無言の義務感による抑圧は、現代日本人にも共通しています。

諸手を上げて名作と叫ぶことはできないけれど、身にいわれのない罪悪感にいつの間にかとらわれていることを思い出す良いきっかけにはなりました。若い頃はもっとこういう他人からの悪気のない抑圧に敏感だったはずなのに、すっかり体制側になっちまったな、と感傷的にもなれます。意外に若い頃の方がおもしろく読めるかもしれません。

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2007年02月12日

Vフォー・ヴェンデッタ

Vフォー・ヴェンデッタ
ワーナー・ホーム・ビデオ (2006/09/08)
売り上げランキング: 82

近未来のSFで情報統制されたイギリスに現れるV。彼は過去を消去して抑圧された社会を倒そうとしていた。革命大好きっ子にとってスタンダードでありながらこんなに魅力ある物語はほっとけないはずですが、手を出すにためらいを覚えたのがタイトル。「V」をアピールするために「ヴェンデッタ」を残したのでしょうが、カタカナにしてしまっては台無し。イタリア語で「復讐」を意味する「ヴェンデッタ」ですが知らなければ固有名詞くらいにしか見えないので、いっそのこと「VはVictoryのV」くらいくだけちゃったタイトルにすればいいのに。

とにかく驚いたのがナタリー・ポートマンのやつれぶり。メイクのせいか撮影のせいか、とにかく彼女の輝きがまったくきれいに撮れていない。これは彼女自身の肌の状態なのか(前に見たのはスターウォーズ エピソード1だった。そりゃ変わるはずだけど)、元々が大人びた役が多かったせいか、年齢相応のあわてぶりがわたしにとってはミスキャストのように見える。裏返せば非常にリアルなのだけど、なんとなくナタリー・ポートマンには眠り姫のイメージがあって、目を覚まさずにいつまでも同じ歳でいるような幻想があった。「レオン」のせいかな?

ひどくグロい場面もないし、Vのナイフ投げはかっこいいし、「独裁政権なんて打ち倒せ!」と握りこぶしを作ってわくわくしながら見られました。ちょこちょこきざったらしいところも復讐もの(作中では復讐の是非を問うていますが)ならば絶妙なスパイス。良い意味でのフィクションの安心感があります。

ジャクマール&セネカル『グリュン家の犯罪』(HPB)

グリュン家の犯罪 (1980年)
飛鳥 今日子
早川書房

装釘家の富豪宅で長男と同棲していた女性が家の前の川で遺体になって浮かぶが、見つけた人々が慌てた気持ちを落ち着かせるためにBarに行って一杯ひっかけているうちに消えてしまった。流れちまったんじゃないの?といぶかしんでいるところに呼ばれた警察。事情聴取のために装釘家宅に訪れると、川の中にあったはずの遺体がロビーで見つかる。

クリスティは全然読んだことないんですが、ラストにぞろぞろと登場人物をかきあつめて名探偵がずばりと真実を言い当てる仕組みくらいは知っている。本作はそれにのっとった手法で、アリバイをかきあつめるための会話に終始して、人物の個性が消えている。書き割りの個性に過ぎない。そこが読んでいて実に退屈でした。

しかし、その中でもおもしろさの予兆を感じさせたのが錬金術。え、本格ミステリで錬金術と驚かせる落差があるのですが、それでもラストにはほとんど関わってこず残念。装釘家が錬金術の真実を発見したことに絡んで殺人ということなら最高だったのですが、実に普通の代わり映えしない割には愚かしい動機だったことがますますげんなり。フランスミステリだからすてきなノワールを期待したわたしの思い違いでした。

ミュンヘン

ミュンヘン スペシャル・エディション
角川エンタテインメント (2006/08/18)
売り上げランキング: 1323

それほどスピルバーグ監督に思い入れはないけれど、これは見ておかねばと思っていた作品で、予想以上にすばらしかった。新しい目を開かれたかのようです。

1972年、ミュンヘンオリンピック開催時、パレスチナゲリラにイスラエル選手団が11人殺害された事件をきっかけに、イスラエル諜報部が密かに放った暗殺者を描く。

殺される方は悠然と『千夜一夜』をイタリア語に訳したり、パーティを開いたりして案外優雅に暮らしているのですが、逆に言うとあまりにも死が隣にいるために楽しめることはすべて楽しみ学んでおきたいことはすべて学んでおくのでしょう。死を常に意識した原動力というのは日本ではなかなかぴんときませんが、この映画は戦争映画よりも死を意識させるつくりになっています。ヨーロッパ各地で、人々が普通に生活している中を、ターゲットだけ殺害する。そのコントラストがあるため、周囲が死で満ちあふれている戦争映画よりもくっきりと色を濃くみせるのでしょう。

主人公は妊娠した妻がいるけれども暗殺の依頼を受けて単身ヨーロッパに渡り仲間と合流します。そこで主人公自身が料理を作るところで、すごくはっとしました。作中では他にもストレスがたまったときにざくざくと千切りにするシーンがあり、テロリストでも料理をすることが共感のきっかけになったのです。自分で料理するのは、もしかすると他の人が作ったものを食べないことで逆に殺される可能性が低くなることを計算しているのかもしれませんが、料理を作ることが「自分でやれることはやる」ことの証明のように見え、相手を殺して自分は生きるエゴの証に見えました。少なくとも料理を作っているときや、ラスト間近の小さな畑を耕しているときは死の気配がありません。すごくいい対比です。

もう一つ、にゃんこ先生が出てくるところは、自分が死んだらこの猫どうしようという被害者の悲しみが伝わってきて身につまされました。わたしだったら「わたしを殺してもいいから、この子にメシを……ぱたり」と死ぬにちがいありません。猫は殺されなかったので傑作です!

2007年02月17日

カイロの紫のバラ

カイロの紫のバラ
カイロの紫のバラ
posted with amazlet on 07.02.17
ポニーキャニオン (1999/08/18)
売り上げランキング: 119754

世の中には小説を読まない人がいるらしい。仕事に役立つ本や実用書などは読むけれども、小説というファンタジーは無駄と切り捨てる人がいる。そういう人はこの傑作をどのように見るのだろう? ただのおとぎ話? ダメな女の世迷い言?

わたしはダメ男なのでわんわん泣きました。これは小説が好きでゲームが好きでまんがが好きで、現実がちょっとうまくいってないかもしれない人のための映画です。

舞台は不況期のニュージャージー、大恐慌の時代。旦那は酒飲みで博打打ちで暴力を奮う「のむうつぶつ」の最低最悪な男。女(シシリア)は姉の紹介でレストランで薄給を稼ぐが、男がほとんどをもっていってくだらないギャンブルに使われてしまう。そんなシシリアの唯一の楽しみは映画。特に気に入った映画を何度も見ているうちに、銀幕の向こうからハンサムで正義感あふれる探検家役が飛び出してきて、二人で愛の逃避行へ。

この映画のえらいところは探検家役がとびだしていった後の映画の展開をきちんと描いていること。単に銀幕のスターが飛び出して貧しい女と結ばれるだけなら安いハーレクインどまりだが、銀幕の顛末をコミカルに描き、現実ときちんと対比させているところが映画と現実をひっくるめて一つの世界を作り出している。

見る側はすっかりシシリアに同情し、現実の世界で映画のキャラクターとデートするシシリアにのめりこみます。すれっからしになった21世紀のわたしたちには夢物語にもならない陳腐な展開が、陰鬱としたニュージャージーの空と景気を背景に、映画と同じ時間だけ輝くのです。オフシーズンで誰もいないさびれた遊園地のシーンはぎゅっときました。本来なら人気のあるところがぱったりと人影途絶え、恋人同士で占拠してしまうシーンにわたしは弱い。それはどんな大金を積んでリゾート地でのんびりするよりもスリリングで心温まる場所なのです。

そして何よりも見るべきは銀幕を見つめるシシリアの瞳。決して絶世の美女とは言えないかもしれませんが、あの輝き、光を受け入れるおおらかさこそは人が人を好きになるきっかけになる瞳です。BGMのハリウッド全盛期のフレッド・アステアらの映像、ほがらかなJazzもよかった。アメリカ人の喜劇なんて能天気でくだらないなんて偏見を軽くブロウしてくれる傑作です。黙って見るべし、泣くべし。

2007年02月18日

倉橋由美子『あたりまえのこと』(朝日文庫)

あたりまえのこと
あたりまえのこと
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倉橋 由美子
朝日新聞社
売り上げランキング: 101562

いやはや、これほど身もふたもない評論は珍しい。いろいろ辛口の批評は読み聞きしているけれども、これほどのものはそうそうない。かなり打ちのめされたので、印象深いところをたくさん引用します。

文壇という奇妙な小社会を前提とした、私小説というこれまた奇妙に日本的な小説が出てくると、女は貧苦と並んで、作家の苦行僧的生活を成立させるための不可欠の要件となった。つまり文学的求道者である「私」は、「悪魔」であったり災厄であったりする女と敢えて関係を結び、その上でいかに非情に、というより身勝手に女を傷つけることができるかを文学修行の試金石としたのである。

『死の棘』! 『死の棘』!(読んでない)

島崎藤村の代表作であり問題作の『告白』(藤村が姪とやっちゃった話)については一刀両断です。

天下の朝日新聞という「公器」を自分の懺悔に利用して憚らない無邪気さと図太さとは田舎者の強みであって、誰にでも真似のできることではない。またこの懺悔という方式はまともな人間が倣うべきものではない。かつての文壇のような特殊な世界ならいざ知らず、世間を相手に小説を書いている人間が自分の生活の存立にかかわるような重大問題に直面したら小説を書くどころではないはずである。

まっぷたつになった藤村が左右にぱたりと分かれて倒れる姿が見えます。

自己表現などと言えば大層結構に聞こえるが、本当のところは自分に興味のもてる唯一のこと、つまりは自分のことしか書かず、他人を異種の動物のように眺めているだけのことなので、これは子供と素人に共通に見られる性質である。この他人を顧慮しないということから出てくる特徴はいくつかあって、例えば人を楽しませる芸も感心させる芸もないこと、妙な理論(いってみればUFOは存在するはずである式の)への信仰がある反面、その理論ですべてを料理してみせるほどの度胸も力量もないこと、「怪力乱神」を好むこと、文章が下手なこと、全体が子供のひとりごとじみていること等々がそれであるが、いずれも他人すなわち公衆に向かって語るという覚悟が欠けているところから派生するものであると言ってよい。そして右のような特徴をことごとくそなえた結果、今日の純文学はひどく型にはまったものになっていて、この点も一昔前のフォークソングと同じである。もっともフォークシンガーの方は若い聴衆に向かって歌いかつ語り、時には冗談を言うことも忘れない。純文学の作家はひたすら自閉的につぶやく。

最近の純文学の型は介護&ひきこもりでしょうか?

本書についてはつべこべ言うよりも、正論の力強さに圧倒されるべき一冊です。ちまちまこまごまとした正論ではない、正論を言うならば徹頭徹尾貫き通す覚悟が必要で、それを「あたりまえのこと」としらっとしてみせるだけの冷静さを兼ね備えていなければならない。どのページにも分かっていたはずなのに大人になって見落としていた正しい筋がきちっと通っており、頭を垂れて教えを請うしかありません。おもしろい小説がない時のカンフル剤としておすすめしますが、かなりの劇物なので取り扱いにはご注意。

おかいもの

・団鬼六『伊藤晴雨物語』(河出文庫)
河出文庫だったので。

伊藤晴雨物語
伊藤晴雨物語
posted with amazlet on 07.02.18
団 鬼六
河出書房新社
売り上げランキング: 865867


・Bob Sinclair&Matin Solveig「Africanism 2」
アフリカだったので。シリーズ化されているラテンハウス。ハウスは好んで買うことはありませんでしたが、これはラテンフレイヴァなところがいい。2枚組だったのに250円とは!

Africanism II
Africanism II
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Bob Sinclar Martin Solveig
Defected (2004/02/23)
売り上げランキング: 211428


・Robert Fripp「1999」
キングクリムゾンだったので。でも環境音楽すれすれ。寝るときによさそう。

1999 Soundscapes: Live in Argentina
Robert Fripp
Discipline (1994/11/15)
売り上げランキング: 346367


・Belezamusica
ラテンぽかったので。しかし想像していたよりもギターのカッティングなどが入るアーバンなサウンド。わたしの狭い音楽地図ではIncognito系。積極的に買わないけど大好きな音。

ベレーザミュージカ
ベレーザミュージカ
posted with amazlet on 07.02.18
ベレーザミュージカ
VILLAGE AGAIN (2003/12/12)
売り上げランキング: 168987


・Kansas City
Jazzぽかったので。普通のJazzかと思ったら、ロバート・アルトマン監督による1996年同名映画のサントラの模様。しかし、ジョシュア・レッドマンやロン・カーター、サイラス・チェスナットなどわたしのような素人でも知ってる現代最高のジャズマンが参加していて驚き。ムードがあって大人の日曜日感が漂います。

Kansas City: A Robert Altman Film - Original Motion Picture Soundtrack
Original Soundtrack
Verve (1996/05/07)
売り上げランキング: 95523

・Marlene Dietrich「Lili Marlene」
マレーネ・ディードリッヒだったので。おそらく海賊版ですが、教養として。

・「Suite Chic」
Chicのリミックス、と思ったら安室奈美恵でびっくり。わたしのあまり好きじゃない感じの音だけど、日本のR&Bの豪華なところが勢揃いで勢いがある。

WHEN POP HITS THE LAB(CCCD)
WHEN POP HITS THE LAB(CCCD)
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SUITE CHIC
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ (2003/03/26)
売り上げランキング: 22071


・「The best of Sarah Vaughan」
サラ・ヴォーンの海賊版じゃないベスト。プロデュースはノーマン・グランツで、バックはカウント・ベイシー・オーケストラの最上のところ。ルイ・ベルソン、レイ・ブラウン、ジョー・パス、ジミー・ロウルズなどなど豪華すぎるキャスティング。そこに女王の声が乗ることで規律が取れ大人数でなければできない音楽ができあがる。

The Best of Sarah Vaughan
The Best of Sarah Vaughan
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Sarah Vaughan
Pablo (1991/07/01)
売り上げランキング: 406131


・カール・ベーム「モーツァルト交響曲第35、第41、第13 シューベルト交響曲第8 ブラームス交響曲第4」
おそらくCD-R。

2007年02月25日

おかいもの

・Diana Krall「Only trust your heart」
学生時代に買って感動したけど金に困って売り飛ばしたアルバムを買い直し。それにしてもこれが250円とは、それこそが末世。
本作はダイアナ・クラールの2作目で、わたしはこれで女性ジャズ・ボーカルの楽しさに開眼した思い出の作品でもあります(1995年かー)。ふと裏ジャケを見るとレイ・ブラウン、ルイス・ナッシュ、クリスチャン・マクブライト、スタンリー・タレンタインの大御所が参加していたのだとびっくり。大人のまじめさと色気が発揮されたきりっとした一枚。

Only Trust Your Heart
Only Trust Your Heart
posted with amazlet on 07.02.25
Diana Krall
Verve (1995/02/14)
売り上げランキング: 11466

・Santana「Supernatural」
ついこの前グラミー総なめにしたと思ったら、まだ前世紀の話だったと気づいて愕然。Rob Thomasとの大ヒット「Smooth」、焼き鳥屋のタレのように言われなくてもそれと分かるWyclef Johnプロデュースの「Maria Maria」だけしか聴いてなかったので、他の音も。Dave Matthewsと組んだ2.もかっこいいけど、わたしが普段好んで聴く音楽ではないかな。

Supernatural
Supernatural
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Santana
Arista (1999/06/15)
売り上げランキング: 117101

・Raca Negra
はずれ。シンセサイザーを使ったかったるいラテン。微妙なポップス感がむかつく。サイトもなくなってた。

・Son Cafe
無駄にエロいジャケのサルサ。どのくらいエロいかというと……

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J.M.クッツェー『マイケル・K』(ちくま文庫)

マイケル・K
マイケル・K
posted with amazlet on 07.02.25
J.M. クッツェー J.M. Coetzee くぼた のぞみ
筑摩書房 (2006/08)
売り上げランキング: 153161

まずは全然売れないノーベル文学賞受賞作を文庫化したちくま文庫をほめたい。ぱちぱちぱちぱち。ここ20年の受賞作で文庫化されているのなんて、大江健三郎とグラスくらいではなかろうか。それくらいノーベル文学賞は日本では評価が低い。そういうわたしだってラテンアメリカの人くらいしか読んませんすいません。

本作の舞台は著者の故郷南アフリカ共和国ではあるが、やや近未来を想定しているらしい。そもそも南アフリカ共和国がどんな地形でどういう気候なのかも知らない。アフリカだからなにはなくとも暑さ、それにアパルトヘイト、犯罪多発の後進国というイメージが正直なところ。もっと気になる方はWikipediaへ。エイズ感染率20%ってすごすぎです。

みつくちのマイケル・Kは病の母を背負って三千里、とうとう死に別れてしまい、戦争のただ中でひとりぼっちになってしまう。とはいえもう30歳を過ぎて定職を持つべき歳ではあるが、貧しさの中できることといったら植物を栽培する庭師くらい。たどり着いたところで野菜の栽培を通し、南アメリカの痩せた土地に緑を根付かせる力があることを実感する。しかし、戦争に覆われた世界は彼を放っておくことはせずにゲリラとみなされキャンプに収容されてしまう。抵抗する意思も見せないマイケル・Kはやがて食物の摂取も望まなくなっていく。

本作を一言で自由への希求という単純な言葉で割り切るには、やせさらばえてさすらうマイケル・Kの生きてしまう力をあなどってしまうように思えた。まず人という生命が自らの意思とは無関係の生命機械であることが大前提にある。酸素を呼吸し、栄養によって生きる人間という種が、栄養を断ってもある程度は生き延びてしまい、生まれながらに生命を続けていこうとする身体の意思があることを痛感させられる。先日人間のある性について「機械」と呼んで批判をかった大臣がいたが、ロマンチックなところを抜けば人間は酸素と栄養を補給して動く機械なのは決してまちがいではない。

1章では世間に取り残されたマイケル・Kと母親を描写する。2章ではそれなりに文化的な生活を送っている医者が語り手となり、収容されたマイケル・Kに不思議な魅力を感じて虜になる。なぜマイケル・Kは食べようとしないのか、マイケル・Kが従順でありながら決して折れないものを持っているように見えるのはなぜか。やがて戦争によって彼もまた翻弄される運命にあるが、人と同じようにしない、できないマイケル・Kには読んでいるわたしも同じような魅力を感じました。例えるならまったくなつかない猫のような魅力。当初はニートのようなマイケル・Kがいつの間にか食べないランナーのような、走れる道があるから走るようにひたすら食べずに生きていく。それはカフカの「断食芸人」のようにどこまで食べずにいられるかを意識したものではない。マイケル・Kにとっては食べないことが生きることにつながっている。食べないからこそ出てくる最後の底力のようなものを感じ、生命の続こうとする力が体験できます。コンビニ弁当が消費期限切れだからといってごっそり捨てられて平然としている日本だからこそ読まれるべき一冊です。

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