志村志保子『女の子の食卓 2』(集英社リボンマスコットコミックス)
1巻から続く「女の子の食卓」シリーズの他に、読み切りの「犬」を収録。本編とは関係ないけれど、入手にすごく時間がかかった。発売から1ヵ月後には都内の大きな書店から姿を消していて、半年後にようやくamazonで発見。人気がないわけじゃないと思うんだけどなー。
男性よりも女性の方が、食べ物については小さいころから興味を持っている。男なんて家で出てくる食べ物を何の疑いもなく口にするのがほとんどなのに、女の子は手伝いなどから食べ物というのが自分にとって必要不可欠であることをきちんと理解している。だからタイトルも『男の子の食卓』というと、本書に収録されている「料理教室のじゃがいものニョッキ」の藤間宅のようにコロッケどーん、たくあんどーん、餃子どーん、と出てきて、
お兄ちゃん達がいるから 見栄えより量命なんだよねえ
ということになる。そんな現実から抜け出したくて、藤間さんちのマチちゃんは料理教室に通おうとするお話。
今回気づいたのは、志村志保子の人物像がすべてお人形ぽい理由としてままごとを意識しているのかもしれないということ。一過性の遊びであるままごとは、泥団子やプラスチックの道具を使い、たいていテーマは料理であることが多い。このまんがでも料理という日常を扱いながらどこか非日常的な距離感を感じるのは、ままごとの世界観が採用されているせいだ。
でも、どの作品に出てくる料理もおいしそうなんだけど、情念がたっぷり染み込んだ味で、食べることによって何かを背負ってしまいそうなんだな。絵柄も描いてることもまったくちがうけれども、内田春菊と同じ情念を感じます。しかし、レストランでお金を払って食べる料理にはない、作る者と食べる者のたくさんのやりとりがあることを教えてくれるので、むしろ男子諸君こそ読むべきまんがだと思います。
読み切りの「犬」の方は、ペット飼いには肩身の狭い話。猫毛だらけで電車に乗ってすいませんすいません。他の短編より長いせいか、人物がちょっと執念深いせいで犬を媒介として奇妙な関係ができる話。わたしも猫がどこかに行って戻ってこない可能性を常に抱えながらいっしょに暮らしているので、少し身につまされた。まだ死があまり身近に感じられない子供のころに2回の死に立ち会い、生き物があんがいしぶとく、あんがいあっさりいなくなることも分かっている。それを立ち直れないほど最悪の事態と受け止めるのも、食いものにするのも人なのだなあ、と無常観に浸れる作品でした。
★★★★













