読書部のページはこちら。参加者はほとんどのみなさんがmixi内で感想を書いてらっしゃるようです。
まずは前哨戦として全員の感想を聞く時間。
・原文ではdonorだが、それを日本語として通用している「ドナー」ではなく、「提供者」と訳していること→日本語の「ドナー」が持つ具体性より漠然とした印象。名訳。
・他の作品から受けるイメージとはやや異なるが、最後がおとなしくてやや拍子抜け
・『日の名残り』と同じ語りの構造
・登場人物に迷いがない、心が動かないために先を読む楽しみが少ない
・非現実的な設定で全体像がつかめない
・1/5くらいから急におもしろくなった
・「生まれついての諦めぶり」へのいらだち
・誰に向かって語っているのか?
・SFとしては全然目新しいところがない
・だがうまい
・クローンという設定にしては自然な人物像
・何が起こっているか分からないというのはアニメや映画では無理で、小説でしかできない内容
・T・H・クックに近いところがある
・抑制の利いた文章
・これだけ世界を作り込んでいるのに、書かれていることはガキの三角関係
・実はカズオ・イシグロの本は全て「提供者」ものの歴史であり、『日の名残り』の後にパラレルワールドとして『わたしを離さないで』が来る
・過去の美しさと残酷さが対比された美しい構成
・提供者を育てる保護官の視点で読んだ
・藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」
・登場人物がロボットか宇宙人でもおかしくない
・実はキャシー・Hは他にキャシー・A、キャシー・B…と続く、かも
・登場人物のあきらめぶりは生来の能力がカットされた結果
・解釈の余地がたっぷり残されて読者ごとにちがった感想を持つことができる
という意見があがりました。19人もいると感想だけで1時間かかることが分かったのは運営側の発見です。やっぱりこれくらいの人数が限界です。
その後のフリーディスカッションは通常の読書会よりも活発に意見が交わされたのは、個人の読み方によって意見が分かれやすい内容ということもあり、参加者がSF方面だけに偏らずミステリや翻訳小説をほとんど読まない方までいて、意見もある方向に流れすぎなかったと思います。
とはいえ、SFの方からは上でもあげているように、「カズオ・イシグロ ヘールシャムサーガ」という画期的な意見が出されたりもしました。書記のわたし自身は『日の名残り』と本作しか読んでいないので、はたしてカズオ・イシグロの残りの3作がどのようにヘールシャムサーガにかかわるかはよく分かっていないのですが、興味がある人は他の作品にも同じようにクローンが出てくる、という視点で読んでみてはどうでしょうか。
主人公たちがクローンで感情的にはなるものの、大きなところで反抗しないのは生得的にしろ後天的な教育によるものにしろ、「去勢されている」ゆえの行動という読み方がありました。一人称なので明確な理由は書かれていませんが、森を病的に怖がることなどに理由があるかもしれません。また、トミーが幼い頃に癇癪持ちなのも、去勢が徹底されていない状況にあるため、という意見がありました。
読者はキャスの視点を通してしか作品世界を見ることができません。「信頼できない語り手」による一人称については、
-実は他の生徒たちが図工などを作り、トミーが入院しても魚の絵を描いていたように、キャスにとっての展示館を目指す作品だったのかもしれない
-ルースに対する悪意がそこはかとなく顔を出しており、読者はキャスの純愛として読む
ここで初めての試みとして、読書会の中でアンケートをとりました。「あらかじめSF要素があると知って読んだ」「SFぽさについては知らずに読んだ」人を比較したところ13:6という数字で、SFマガジンなどでの評で読んだSFの人たちは読み始めてすぐにどういう展開か見抜いていたようす。こういうアンケートは問題を単純化してしまうかもしれないけど、話題の提供としては議論の中に緩さを提供するという意味で有益だと思いました。
もう一つアンケートとして、キャスが2週間ほど待ってからルースにもの申す場面があります(P.74の販売台帳の話だっけ?)が、自分がキャスと同じ年頃(12〜14歳)で同じように一つのことを考え続けて時間をおいてから意見するようなことがあったか?というものでした。その頃の子供ならもっと直情的に自分の言いたいことをその場で言ってしまうのではないか、という疑問が発端です。結果は、待つ人6:待たない人13で男女比もほぼ同じ。
読書会で最も参加者に影響を与えたのは「イギリスは階層社会なので、執筆背景にも表れている」のではないか、という意見でした。『日の名残り』の執事と主人、イギリス人の主人とアメリカ人の主人という対比もあります。この作品ではヘールシャムをはじめとしたクローンたちが提供者と介護人の両方を担当するが、クローンでない人間がそれらを担当している描写や気配はありません。同じ階層同士で固まる傾向が見られるため、クローン以外の人間については保護官とポシブルくらいしか描写がなく、また、保護官たちがヘールシャムを作り結果的には頓挫してしまったことも、階層のちがいを明確にしたいという社会の意向がぼんやりと浮かび上がっている、と話が展開しました。
今回は2次会、3次会でも話題が続いていたそうで(わたしはいつものように泥酔しており、トロール船の話くらいしか覚えておりませぬ……)、参加者の方には満足していただけたと思います。『百年の孤独』のように無敵の名作を選ぶよりも、新しくてちょっと隙のある本の方が語り合うには向いているかもしれない、と一週間後に考えたりしています。ともあれ、参加者のみなさまおつかれさまでした。