シオドア・スタージョン 大森 望
河出書房新社
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注意! ネタばれ全開です。
今回はSFが課題図書というせいか、男性11名、女性3名という参加比率。小雨がけぶり、5月だというのに15℃以下という寒空のもとで開催されました。
まずは自己紹介と全体の感想、また短編集なので各々好きな短編をあげてもらう(複数回答可)。結果は、「マエストロを殺せ」がやや多く、続いて「ルウェリンの犯罪」、「旅する巌」、「ミドリザルの情事」、「ニュースの時間です」あたりが続く。普段SFやジャンルにカテゴライズできない本を読んでいる人が後半の重苦しさを好み、逆に後半の重い話だけでは嫌になったりつらかったりする人と半々というところか。また、ほとんどの人は国書や河出、早川で出た短編集や『君の血を』『夢見る宝石』『人間以上』などの既刊をどれかしら読んでいました。特に河出からこの前に出ている『』
「取り替え子」はまあいい話、ということで落ち着く。ラストの「貯める」が自分の子供のために愛情を貯めておく→妊娠していると読める。
「ミドリザルとの情事」はつまはじき者がミドリザルという比喩にされているところにおもしろさを感じたという意見がありました。
「旅する巌」はダメSF。最後のやっつけ感がなんともという意見と、だがそれがいいという意見が。あとネイオーミ=ナオミだと思うけど、どうしてこんなまどろっこしい名前になったんだろ。
「君微笑めば」あたりからいよいよスタージョン節が本腰に。この男の饒舌さと押しつけがましいところをスタージョンはいかにも楽しげに書いているところが賛否分かれる。「ミドリザル」でもそうだけど、押しつけがましい人物はたいてい悪役に配置されている。当時のアメリカはJAZZがビ・バップ(ビー・バップって書くと知らない人からもつっこまれるのだ)全盛で、ミュージカルや映画もハッピーなものが多く、それこそ「ゲイ」が楽しいという意味でしか使われなかった頃に、これだけマイノリティを意識した視点なのは読者がついてこないんじゃないかと、個人的には思ってました。ただそれもSF界をはじめ確かに読みとれる読者もいたのではないかと。
見返りなしに助ける人物の存在についてもこの短編では取り上げられました。これに限らずスタージョンの短編には存在し、それがスタージョン自身にとって謎だったのではないか。だからこそ自分の作中でそういう人物の動機を解明しようとした。
また、ヘンリー自身はテレパスという言葉を使っていますが、むしろ強い共感能力があることが原因で、浦沢直樹『MONSTER』に近いところがあるとか。わたしは未読なのでちょっと興味があるけど、浦沢直樹って読後感が苦いんですよね。また、ヘンリーは一人でもないという意見もありました。こういう人がたくさんいるのだと。
「ニュースの時間です」は星雲賞受賞についてひとしきり。確かに「アメリカの七夜」を抑えるほどではないかも。
これに似た話で鉄道模型を捨てられるというのがありましたね。
これまで饒舌な内面の語り手が物語をひっぱることが多かったのですが、ここでは全くマクライルの心情は語られず、最後に動機らしいことを表明しますが、それも曖昧なところがあるところが特徴的です。マクライルは「All or Nothing」の人。
ラストはジェノサイドではなく、あくまで人を殺すことにより悪い人が存在することを知らしめ、それまで世界に存在する悪意によって自分が傷つけられていたことに復讐します。
「マエストロを殺せ」は、まずタイトルについて前の「死ね、名演奏家、死ね」のインパクトが強いという話。
主人公で犯人のフルークは自分から追いつめられるタイプで、自分が作り出した悪い妄想に凝り固まってしまう。一方でバンドの中心ラッチはフルークへの共感能力があるが、他のメンバーはそれほどでもない。
ジャンルとしては犯罪心理小説で、「Why done it」が主眼。
また、トークショウの参加者によると、ラッチのモデルはアーティー・ショウだそうですが、不勉強にもジャズ好きを公言しているわたしは聞いたことがないのでした。恥ずかしい。それにしてもクラリネットがメインになるようなビッグ・バンドで、ギターにバンドの命が息づいていたという仕掛けはちょっと違和感がある、と発言したのはわたしです。また、MCのフルークがバンドのツアーについていたというのも、当時普通のことだったんでしょうか? 普通、MCはホール専属だと思うのです。
「ルウェリンの犯罪」「輝く断片」についてはメモなし。さすがに終盤に入り、この二つの短編については語るところなく、ただ感じる、という印象でした。でも「ルウェリンの犯罪」の場合、実際のところはどうなっていたのか、つまりアイヴィはどの場面で死んでいたのか、結婚証明書と死亡証明書は単に文盲からとりちがえただけなのか、などの小説内の事実をもう少し明確にしてもよかったかもと反省しています。
やっぱりレジュメとはいわないまでもそれなりに語るべき場所を絞り込むことは大切です。また、解釈はそれぞれだけれども誤読したままで終わらないような物語の構造を互いに確認する作業も必要かと思いました。