アンドレ・マルロー『風狂王国』(福武文庫)
アンドレ・マルローについては、学生の頃にボリス・ヴィアンや「シュールレアリスムの始祖」アンドレ・ブルトンを読んでいた頃に名前を聞いたきりの作家でした。見返しによると「反ファシズム・反ナチズムの闘士として戦い、戦後はド・ゴール内閣で文化大臣として活躍した」作家とのこと。戦う作家というと、『ドン・キホーテ』のセルバンテスや、パルチザンだったカルヴィーノを思い出し、自由のために戦う作家ならなんとなく気が合いそうだと思い、古本屋で見つけたのをきっかけに読んでみることに。ま、一番の理由は福武文庫で薄いから、なのですが。
この本には、「風狂物語」「紙の月」「ラッパの鼻をした偶像のための書」がおさめられていますが、どれもシュールレアリスムという言葉から想像するにふさわしいもの。シュールレアリスムってわたしの感覚では、単に不条理なものを並べただけではなく、不条理さを重ね合わせていくことによる大まかなイメージに価値があると考えています。ダリのてろんてろんな時計が絵画では有名ですが、あれも単に時計がてろんてろんなだけではなく、その背景にある荒涼とした風景と重ねられているから、見ている方はありえない光景だけれどもあの世界に引き込まれるような力を感じるのだと思うのです。つまり現実にはあり得ないイメージを重ねることで、一つの世界を作り出そうとする試みだととらえています(だから「シュールな一発ギャグ」という時の「シュール」は、シュールレアリズムとはちがうもんだと思ってます)。なので、世界を新しく構築するという点で、ファンタジーの一種に勝手にカテゴライズしておるのです(上記はあくまでわたしのイメージで、学術的な見地から検証しているわけではありません)。
この短編集のうち、「紙の月」「ラッパの鼻をした偶像のための書」はかなりシュールレアリズム寄り。「紙の月」はあの『七悪魔の旅』同様に、七つの大罪が旅をするのだけど、大罪は風船になって死神を殺すのが目的らしい。しかも途中で羨望と吝嗇は破裂しちゃう。「ラッパの鼻をした偶像のための書」は音楽で怪物をつかまえたりする話が一番分かりやすい。他にもエピソードがあるのだけれど、前後の脈絡がよくわかりません。
しかし、「風狂物語」はかなり物語の形式を残していて、「千夜一夜物語」やダンセイニ卿の短編のような異国情緒がこんこんと泉のようにわき出している傑作。とらわれになった作者が、トルコの皇帝の前に引き出されて、兵士たちのバビロン報告を聞くあたりがメイン。
「……虎たちに先導された象の群が、砂塵の渦巻くなか、逃げまどう餌食の一角獣を追いかけていました。……」 「……深海魚に似て物静かでゆったりとした動物たちが、その透き通った躯で、黒いシュロの木の周りをとり巻いています。蛮族の飼うガゼルが運んでくる貝類のざわめきに満ちた風のなかで、枝のない高い樹々が海草のように揺れています……」
ラストは軍に送られた語り手が、サソリの大群によって軍隊が壊滅するところを目の当たりにし、這々の体でトルコにたどり着く。こちらは他の2編に比べて物語としてつじつまがあり、むしろファンタジー。ありきたりの剣と魔法の世界にうんざりしている人には、新しい世界を切り開く風となるのではないでしょうか。

